進化のパターンとラインとDE

DE(Directed Evolution:方向づけられた進化)の理論的な基礎は、1970年代中頃に開発された、人工的システムや自然のシステムが発展する過程で、強い、歴史的に何度も繰り返えされている傾向をまとめた「進化のパターン」に基づいた「TRIZの技術予測」です。

アルトシュラーによって最初に発見された進化のパターンは、
(1)工学システムの完全性
(2)工学システムにおけるエネルギーの流れ
(3)工学システムにおける同期化されたリズムまたは部分の調和
(4)工学システムの理想性の増加
(5)工学システムを構成するサブシステムの非均等な進化
(6)全体的なシステムへの移行
(7)工学システムにおけるマイクロレベルからミクロレベルへの移行
(8)物質・場関与の増加
の8つといわれています。

その後、アイディエーション・インターナショナル社によって改訂、再構築、拡張がなされた「技術進化のパターン」は、
(1)進化の段階
(2)理想性が高まる方向への進化
(3)システム要素の非均等な発展
(4)ダイナミック性および制御性が高まる方向への進化
(5)複雑性が高まり、その後単純化する方向への進化
(6)対応・非対応要素を伴う進化
(7)ミクロレベルおよび場の使用が増加する方向への進化
(8)人間の関与が減る方向への進化
(9)資源の関与が高まる方向への進化
のとおりです。

なお、アイディエーション・インターナショナル社の最新のIWBソフトウェア(Ver.3.2.9)に記載されている「技術進化のパターン」は、
(1)理想性の向上
(2)複合システム・多重システムの構築
(3)分割
(4)物質構造の開発
(5)ダイナミック化
(6)制御性の向上
(7)要素の汎用化
(8)要素間の対応・非対応
のとおりです。

TRIZの技術予測は、従来の技術予測と異なり、「進化のパターン」に従って導かれるもので、未来を評価しつつ次世代の製品やプロセスの開発するのに役立つアイデアを生み出し、未来の発展を実際に強制するものです。

TRIZの技術予測で、多数の「進化のパターン」と、より詳しい「進化のライン」が次世代の予測ツールとなることが明らかになり、その後(1990年代中頃)「TRIZの技術予測」は「方向づけられた進化の法則(DE)」へと変容し始めました。 つまり、「TRIZの技術予測」は、製品、プロセス、サービス、技術だけでなく、組織、企業、産業、市場、社会、文明といった人間活動やその他の領域の広範な進化に関する潜在的なシナリオの包括的なセットを提供する「方向づけられた進化の法則(DE)」に成長しました。

従来の技術予測では、「この製品、プロセスのパラメータで何が起こるか?」を問題にし、機械、手順またはテクニックの将来のパラメータを予測します。 TRIZの技術予測では、「この製品、プロセスの特定の予め決められた『進化のライン』に基づいて次世代へと発展させるためにはどんな変更を行うべきか?」を問題にし、予め決められた進化のパターン/ラインに基づく次世代の技術システムのコンセプトを開発します。

DEでは、「勝者になるために、明確にされたシナリオの包括的なセットからどの進化のシナリオを選ぶべきか?」を問題にし、製品、プロセス、サービス、技術、組織、市場等の進化の潜在的なシナリオの包括的なセットを入手します。

DEは、従来の技術予測やTRIZの技術予測とは異なり、一度だけの行為で終わりません。対象となるシステムの進化を監視し、必要なタイミングで積極的な影響を与えることのできる新しい技術や材料を組み込んでいくことにより、製品、プロセス、組織等の運命(未来)を制御することを考えます。 アイディエーション・インターナショナル社から2009年に米国で販売されたDEソフトウェア(新世代DE)では、技術進化のほか、社会や市場の進化を含む400以上の進化のラインが発表されています。

未来制御のための進化のパターンとライン

イノベーションを起こすような発明は、10年以上たたないとその価値がわからないといわれるように、10~20年先の未来を制御しようとすれば、10~20年先の未来がどのようになるかを推測しなければなりません。

以前に、技術進化のほか、社会、市場進化を含む400以上の進化のラインを備えた「新世代DE」が、アイディエーション・インターナショナル社から2009年にコンピュータ・ソフトウェアで提供されたことをお話ししました。

しかしながら、具体的なテーマについて新規製品・サービスの企画を考える場合には、DEのソフトウェアに組み込まれている膨大なデーターベースのすべてを使用するということはなく、テーマに関連する箇所を重点的に見ていくことになります。

そこで、まず、I-TRIZの中で現在日本語化されている進化のパターンとラインについて見ていきましょう。 発明的問題解決のためのソフトウェアのIWB(Innovation Work Bench)では、アイディエーション・プロセスの「結果評価」という解決策を評価する段階に、「進化のパターン/ラインの適用」という項目で登場します。

これは、エンジニアリングプロセスの最終段階に進化のパターンとラインを使用すればよいということではありません。

I-TRIZでは、むしろ、問題状況の把握・分析の段階、アイデアの発想・解決策の構築の段階のすべてにおいて、技術システムの進化の法則性を意識しながら思考していくことが特徴となっていますので、「結果の評価」段階では、解決策を一層進化させるために進化のパターンとラインを使用するという意味になります。

DEと未来学

戦略的に技術システムを将来世代へ発展させるための系統的なプロセスである、DE(Directed Evolution:方向づけられた進化)は、弁証法との整合性を持ちつつも、従来の技術予測とは一線を画したものであって、未来の新製品開発や新規事業の企画のための意思決定の方法論です。

今回は従来の技術予測方法である未来学とDEとの関連性について見ていきたいと思います。

未来学は、歴史上の状況を踏まえて未来での物事がどう変わっていくかを詳細に調査・推論する学問分野であり、1940年代中盤にドイツ人教授Ossip K. Flechtheiによって提唱されました。

その後、1960年代に学際的な性格なものに発展し、現在ではアメリカ合衆国等で学生が長期的なものの見方ができるような概念・ツール・プロセスを学習させるために使用されています(Wikipediaより)。

未来学では、以下の6つを前提としています(「未来を変えるちょっとしたヒント」、小野良太著、株式会社講談社発行)。

1.時は、絶えず一方向に流れており、逆戻りしたり堂々巡りはしない。
2.未来には、過去や現在に起こったことのないことが必ず起こる。
3.人は、今から先のイメージを持ってはじめて行動できる。
4.様々な知識の中で、未来に関する知識がもっとも重要である。
5.未来は、すでに決まっているわけではなく開かれている。
6.個人や集団の行動によって未来は創られる。

これらの前提の中で、興味深いのは4番目の「未来に関する知識がもっとも重要である」という点です。これは、未来を考察するには、過去や現在の知識だけではなく、未来の状況や状態に関するより広範な「未来の知識」が必要になってくるという意味です。

そこで、未来学では、「未来の知識」として示すために、未来の社会やその状況は過去や現在との「類似の部分」とまったく「新しい部分」とから構成されると考え、その「類似の部分」については多くの学問分野に存在する知識を演繹的に活用して明らかにしようとします。

一方、未来の「新しい部分」を考察するには、人間が持っている、未来の事柄を思い描く力である想像力を使うということです。
つまり、未来学では、過去や現在の類推で考えられる部分には既存の知識を演繹的に応用し、まったく未知の部分には想像力を働かせて、総合的に未来の知識を創造することになります。
既知の知識を演繹的に応用し、未知の部分には想像力を働かせるという点では、DEも同じです。
DEでは、まず、生活、社会、市場等のトレンドから製品やサービスの大きな方向性を見出そうとします。

その上で、究極の理想解(あるべき姿)を描き、進化のパターンやTRIZの問題解決手法を使って、未来の製品やサービスのコンセプトを創造するといった方法を採用しています。
その過程では、当然に未来学の6つの前提のすべてを考慮することになりますが、DEでは具体的な製品やサービスのコンセプトを創造することを目的としているため、発明的な思考を取り入れた手法となっています。

未来予測から未来制御へ

米国のアイデイエーション・インターナショナル社が開発したDE(Directed Evolution:方向づけられた進化)は、従来の技術予測とは一線を画したものであって、未来の新製品開発や新規事業の企画のための意思決定の方法論といえるものです。

1950年代中頃以降に開発された従来の予測手法では、過去の経済成長分析から、経済成長に関係するパラメータを抽出し、過去の趨勢からそのパラメータの数値を変えることで将来を予測するといった確率論的手法が採用されていました。これは、定量的に捉えられるものにはいいが、定性的なものへの適用が難しいものでした。

1970年代中頃には、技術のさまざまな領域に及ぶ多数のイノベーションを分析することを通して発見されたTRIZ進化のパターンを参考にして、自然に発生する前に次世代の製品やプロセスを発明するといった、TRIZの技術予測アプローチが提案されました。

TRIZの技術予測から進化したDEは、1987年から研究が進められ1990年代中頃に開発されたものであって、「技術的な進歩は、特定の利点とともに、マイナスの結果も引き起こすが、だからといってこの進歩を止めようとするのは意味がないことである。それよりもこれを制御し、方向づける方がいい。」との思想に基づいています。

日本には、学校法人産業能率大学が1997年から始めたTRIZセミナーでDEが初めて紹介されました。 しかしながら、当時はその詳細な内容についてはブラックボックス化している部分が多く、アイデイエーション・インターナショナル社のコンサルティングを受けないと実践できないというものでした。 そのため、学校法人産業能率大学では、アイデイエーション・インターナショナル社のDEを基礎としてその改良版としてのSTM-DEなる手法を開発し、その普及に務めました。

2009年になってDEがコンピュータ・ソフトウェアで提供されるようになり、その全貌が明らかとなっています。 それによると、ソフトウェアが提供されるまでのDEとは比べものにならない位のデータベース(技術進化のほか、社会、市場進化を含む400以上の進化のライン)を備えており、発明的問題解決のコンピュータ・ソフトウェアとして発表されているIWB(Innovation Work Bench)の4倍位のデータ量があるといわれています。

したがって、最新版のDEは、従来の紙ベースのDEとは比較にならない膨大な体系を持っており、従来のDEとは世代が違う「新世代DE」といえるものになっています。

未来の顧客ニーズを先取りする

技術開発を行うに当たって顧客ニーズを捉えることの重要性については、ご存じのようにマーケティングの世界では常識になっています。
ここでいう顧客ニーズとは、顧客がメーカーからの質問に答えるような「顕在ニーズ」ではなく、顧客も気づいていない「潜在ニーズ」の方であるということです。

多数の顧客が答えたアンケート調査の結果を最新のデータマイニング手法を使用して分析したところで、顧客の「潜在ニーズ」はなかなか発見できません。

これに対し、I-TRIZ (Ideation TRIZ)では、技術開発は未来を創造することであるとの視点から、顧客の未来のニーズを先取りする方法としてDE(Directed Evolution:方向づけられた進化)という手法を提供しています。

それは、歴史の中に繰り返し観察される現象は今後も繰り返されるという考え方によっており、

(1) 製品や技術プロセスが進歩・発展する場合に、その構成要素同士の間に進化の進み具合がアンバランスになることがあり、このアンバランスが矛盾となって製品や技術プロセスの進歩・発展を妨げている
(2) 技術システムは時代とともにニーズや環境に対応する度合いが増していく

、などの歴史的必然性に着目したものです。

そして、世の中のすべての物事や発展は、右肩上がりに一直線に進歩・発展していくのではなく、あたかも螺旋階段を登るように進歩・発展していくという「螺旋的発展の法則」 や、矛盾を止揚することで物事は発展するという「矛盾の止揚による発展の法則」、その他の弁証法の法則と軌を一にする考え方なのです。

潜在ニーズを探り出す

発明のテーマは、大きく分けて、革新的な問題解決を目的として今まで誰も手を着けていない新しいテーマを選択する場合と、既存の顧客のニーズに応えるテーマを選択する場合とがあります。
研究開発投資の回収といった観点では、前者はリスクが大きく、後者はリスクが小さいといえますが、どちらのテーマを選択するかは、市場の外部環境と会社の内部環境との兼ね合いで、同じ会社であっても時と場合によって異なるでしょう。

大きなリスクを避けて「顧客ニーズ」に応えるテーマを選んだとしても、この「顧客ニーズ」には注意が必要です。
顧客が何を欲しがっているかを知るためには、顧客の声に耳を傾けることが必要であるといいますが、顧客自身が本当は何が欲しいかをよく知らないということがあるからです。

携帯電話でもない、パソコンでもない中途半端な「iPad」が発売後4週で100万台を突破したといいますが、誰がこの売れ行きを発売前に予測できたでしょうか? 新しい商品を見て、初めて「それが欲しかったんだ。」というのが、顧客です。

顧客は、たとえ欲しいもののイメージを持っていたとしても、そのイメージをうまく説明できないということもあります。
つまり、「顧客ニーズ」といったら、顧客が口にしている顕在ニーズではなく、顧客の欲しいものの漠然としたイメージ(潜在ニーズ)を理解することが重要になるということです。

ヒット商品を生み出すには、今までにない新たな商品カテゴリーを提案することがコツであるといわれますが、顧客の「潜在ニーズ」を捉えることが重要であるということをいっているわけです。 それでは、どうすれば顧客の「潜在ニーズ」を捉えることができるか?

この点についての新しい「I-TRIZ」の考え方を、次回以降で説明したいと思います。

趣味と気づき

以前に、発明力と設計力に長けたKさんの趣味が墨絵や切り絵であることはお話ししました。 私には絵心がありませんので、Kさんの作品を拝見しても、ただ感心するだけです。 TRIZではアイデアを出すためのヒントを異分野の知識に求めるように、NM法という発明技法では日常生活や自然界のできごとを参考にすることをすすめています。

自然界にはうそがない、無駄がない。蜂の巣、オウム貝の縦断面、DNAの二重螺旋、雨上がりの虹、・・・、その他自然界における形態、状況、現象には人間には計り知れないことがたくさんあります。 ある人は、この自然界のできごとをとらえて、絵画、音楽、建築の分野と同じく、芸術的であるといいます。

そういえば、発明には、芸術作品に驚かされるのと同じような感嘆や感動といった感情が大いに関係していると思います。 そして、芸術作品を作り出すのも、発明を生み出すのも、あることに驚きを感じる「気づき」といったものが重要な要素であると思います。 芸術作品や自然現象に驚き、そこにある何かに気づけるか否かで、決まる。

一見、発明は技術力で決まるかと思いますが、実はその以前にその人の感性が大きく関係するように思います。 私は、仕事柄セミナーやコンサルで発明の指導させていただく機会が多いのですが、その経験から明言できます。発明は気づきの勝負である。

どうすれば、発明のヒントに気づけるかは、普段から新しいものに興味を持って接することができるかどうかによります。 新しいと感じるということは、今までのものとの比較ができること。何がいままでのものと違うのかを知ること。

そして、子供のようにその違いの理由を知りたがる感性を持っていること。 ところで、エンジニアリングの分野では、技術を評価する基準の一つに、次のようなエレガンス性(芸術性)という考え方があります。

エレガンス性=その解が成し遂げる目的/その解の複雑性 その根拠は、単純なシステムは製造上から見て経済的であり、保全性上からも容易であり、かつ費用が掛からず、また信頼性が高くなる、ということであると思われます。 発明にも芸術と関係する要素があるとすれば、このエレガンス性の高低で発明を評価するのも一考かと思います。

潜在意識の活用

前回と前々回で、Kさんのもう一人の自分と、私のもう一人の自分についてお話しをしました。 私の場合には、夢の中にもう一人の自分(実際の問題状況の中で奮闘している自分)が現れましたが、Kさんの場合には、覚醒時にもう一人の自分が問題解決のための具体的なやり方を教えてくれるということでした。

Kさんの域にまで到達するには、繰り返し繰り返し考えることは勿論、非常に多くの数の開発設計の経験がなければ無理ではないかと思います。 TRIZには、Kさんのような天才的な技術者の思考プロセスを真似ることで、普通の技術者が革新的な問題解決を行うことができるように、各種の手法が用意されています。

その一つに潜在意識の働きを促すものとして、SLP(賢い小人たち)という手法があります。 この手法は、TRIZの他の手法のようにデータベースを参照するようなこと(技術的矛盾の場合に発明原理を参照することや、物質-場分析の場合に発明標準解を参照すること)はなく、何でもできる分子レベルの大きさをしたSLPが、問題解決に必要となる機能を実現してくれる状況を頭の中に描くといった考え方をするものです。

そのため、SLPが行動した後は、すでに問題が解決していることになります。 したがって、具体的にSLPがどんな行動を起こせば、問題が解決されるかを考えることになります。 私が夢の中で経験した、もう一人の自分に似たものといえますが、それと同じようなことを意識的に起こそうということです。

実はこのような考え方は、ウィリアム・ゴードンが考えた「シネクティクス」という発明技法の中にあります。 それは、人格的類比(パーソナル・アナロジー)といわれるもので、たとえば、発明しようとする機械の身になって考えるといったことを行います。

すると、その機械に及ぼす様々な作用が自分自身に降りかかってくるイメージが浮かび上がってきます。そこで、それらの作用をどのように操作すればいいかを考えれば、斬新なアイデアが生まれてくることがあるというものです。

実は、私の夢の中で起きていたことこそが、この人格的類比であったわけです(人は考えることがなくなるような状態にまで追い詰められると、意識的思考が停止し、ひとりでに潜在意識が働き出すようにできているのです)。

実は、人格的類比には致命的な欠点があります。それは、自分に降りかかる危険な要素を避けようとしますので、火の中での出来事や真空状態での出来事のような危険な現象が伴う問題については、イメージがわきにくいということです。

その点、TRIZのSLPは、いわば他人である「賢い小人たち」の行動に任せるわけですから、人格的類比のような問題は少ないということで、適用範囲が広い考え方となっているといえます。

夢の中でのできごと

前回は、Kさんが仕事をしている最中に、もう一人の自分が「そこはこういう風にするといいよ」と囁くという話をしました。 実は、私も同じような経験があります。

連日夜遅くまで仕事をしていた時期の話ですが、この世の中に存在しない機械を設計しなければならい状態に追い込まれたときの話です。 その機械は、コンベアで運ばれるパイ生地を、その運搬工程中にコンベア上で所定の形状に成形しなければならないものでした。

具体的には、帯状のパイ生地をその幅の1/4の大きさに折りたたむというものです。まず両端を中央に折りたたみ、その後中央で半分に折りたたむことが必要でした。 従来は、人手でその作業を行っていましたが、これを自動化したいといことです。

何日も試行錯誤し、簡単な試作を繰り返しましたが、うまくいきませんでした。 頭で思い描いたようには、パイ生地が動いてくれません。どこかに無理な力が働くと、その部分のパイ生地が伸びてしまい薄くなってしまいます。 あるとき、夢の中で自分がパイ生地になって、まだ存在しない機械の上で動いている様子が出てきました。

最初は、するっと機械から落ちていましたが、機械がそのたびに形を変えていき、遂にはパイ生地がうまく目的の形になることができました。アイデアの完成の瞬間です。 翌日、早速図面を描き、製造部門に試作の依頼をしました。 出来てきた試作品を組み立てて、実験をしてみたところ、一部修正が必要な箇所を発見しましたが、基本構想は夢の中のままで良かったのです。

私の場合には、Kさんと違い、夢の中でもう一人の自分が助けてくれたことになります。 「もう一人の自分の囁き」、これが潜在意識の働きではないかと思います。 「好き」か「ピンチ」が創造性を発揮するに最適な状況であるといわれますが、それを実感した出来事でした。

発明力、設計力と趣味

今回は、発明力と設計力に長けた方(以下、Kさんという。)の話です。

技術開発の場面では、アイデアを出すのが得意な方と、アイデアを具現化することが得意な方とに分かれる場合が多いようです。

その道の専門家であれば、豊富な知識、経験により、仕様が決まっている具体的な製品・サービスを設計するこは得意かと思います。
しかしながら、知識、経験による論理的思考が強く働くと、独創的なアイデアを出すことが難しくなるともいえます。
他方、知識、経験がないにも拘わらず、次から次へと独創的なアイデアを出すことが得意な方がいます。

そのような方は、想像力が豊富でイメージ的思考に優れています。絵や造形が得意ですが、実用品としての材料の選択や強度計算は不得手のようです。

そこで、前者のような方は設計力に長けているため設計部門に所属し、後者のような方はアイデア発想力や発明力に長けているため企画部門や開発部門に所属し、それぞれの役割を分担している場合が多いようです。

ところが、まれに、Kさんのように、発明力にも設計力にも長けた方がいます。

Kさんは、書道、水墨画、切り絵で個展を開くほどの芸術的な技能を有する一方で、包餡機という「お饅頭や菓子パンを量産する機械」を一人で設計してしまうほどの工学的な技術をも有しています。
私はその昔、私が設計した図面のチェックをKさんから受けたことがあります。

当時、Kさんは製造部門の責任者でした。
材料取りから機械加工、検査工程に至るすべての製造工程で、その図面にそれぞれの作業に役立つ情報が的確に記載されているかどうかをチェックされていました。

その時は、よい設計というものは、製造に関する豊富な知識、経験が必要であることを教えられたと同時に、Kさんの製造に関する知識、経験には驚かされました。
その後、私もKさんもその会社を辞めましたが、ふとしたきっかけで再会することになりました。

それは、Kさんが開いていた水墨画と切り絵の教室について、発明のご相談を受ける機会があったからです。同じ会社にいたときには、水墨画と切り絵の趣味をお持ちであるとは知りませんでしたので、相談を受けたときにはその多才さにびっくりしました。

Kさんいわく、筆や切り絵用のナイフを動かしているときに、「そこはこういう風に動かすといいよ」と、もう一人の自分が囁くそうです。その通り動かすとうまくいくが、それに逆らうと仕上がりがよくないそうです。

そういえば、「棟方志功さんは、版画を彫る前に、版木に自分が彫る絵が見えている」ということをある本で読んだことがあります。同じことをKさんは経験していたわけです。

このようなことは、イメージ的思考や潜在意識にかかわることであり、発明力に関係の深い内容になりますので、詳しくは次回にお話しします。