問題の構造-目的から行動まで-

最近読んだ「どんな問題もシンプルに解決する技術」(車塚元章著、同分館出版株式会社発行)という本で、「問題」と「課題」とは異なる概念である、という意見がありました。
この機会に、問題解決の分野で使われている言葉について私が思うところを述べようと思います。 大辞林によれば、「問題」とは、「①答えさせるための問い。②取り上げて討論・研究してみる必要がある事柄。③取り扱いや処理をせまられている事柄。④世間の関心や注目が集まっているもの。⑤面倒な事件。」のことであり、「課題」とは、「①仕事や勉強の問題や題目。②解決しなければならない問題。」のことである、と記載されています。
そのため、一般には「問題」と「課題」という言葉が同じ意味に使われています。 しかし、問題解決の分野では、これらははっきりと区別して使うべきであると思います。 前述の本の著者である車塚元章先生の他、元朝日大学大学院経営学研究科の教授の江崎通彦先生が同じ意見をお持ちでした。 その昔、江崎通彦先生からお電話をいただいた折、この件について長くお話しをさせていただいたことがありました。
車塚元章、江崎通彦両先生の意見は、「問題とは、あるべき姿(目標)と現状とのギャップをいい、課題とは、問題解決のためにやるべき事柄のことをいう。」というもので、「問題解決はあっても、課題解決ということはない。」、「問題は解決するものであって、課題は実現するものである。」というものです。
ちなみに、発明を特許出願する際に特許庁に提出する特許明細書という書類がありますが、この書類に【課題を解決する手段】という項目があります。 車塚元章、江崎通彦両先生の考え方からすると、この表現はおかしいことになります。
特許明細書では、自分の発明に最も近い先行技術(現在では【背景技術】という欄に記載します。)を記載し、合わせてその欠点を記載します。 そして、先行技術の欠点を解消することが自分の発明の目的であるといい、発明の目的のことを課題と表現します。 「発明の目的」=「課題」ということであれば、発明の目的を解決するとはいいませんから、課題を解決するという表現もないことになります。
しかしながら、前述のとおり特許明細書には【課題を解決する手段】という表現が使われています。 車塚元章先生によれば、問題解決の分野では、①目的→②目標→③現状→④問題→⑤原因→⑥問題点→⑦課題→⑧解決策という構造があるといいます。
問題解決のコンサルを生業としている私には、この構造がすんなりと受け入れることができ、問題解決をする上で自分の立ち位置を見失わないための指針になる考え方であると思っています。 ⑥問題点は根本原因と表現されることがあります。ちなみに、私はこれに⑨行動を付け加えたいと思っています。
問題解決に当たっては、まず目的(ゴール)が明確になっていることが重要で、目標は目的を目指す上での基準であると考えればいいでしょう。 IWBという問題解決のためのソフトウェアの「Ideationプロセス」の最初に、「1.目的・目標」という項目がありますが、これはTRIZと直接関係のない項目でありますが、大変重要な項目であると改めて感じています。
IWBの画面の右側に表示される「1.目的・目標」に関する「提案ウィンドウ」の内容を確認してみてください。大きな発見があるかも知れません。
私は、「やらなくてもいい仕事を一生懸命やることほど、ばからしいことはない。」ということを再認識しました。

簡単にできる問題解決法などない

15年ほど前、日本に「超発明術」と銘打って紹介されたTRIZですが、残念ながら現在の研究開発の現場で広く使われている様子はありません。 当時、創造的な集団思考を推進するための「ブレーンストーミング」という心理学的な手法しか知らなかった研究者や技術者は、「誰でも簡単に発明できる手法が世の中にあるのか?」と、さぞかし驚いたことでしょう。
TRIZは、未だ誰も解いたことのない矛盾を含む技術的問題(これを、発明的問題という。)を解くために開発された理論と方法論ですので、発明を生み出すための手法であるという表現自体は間違いではありません。
発明家エジソンが「創造とは1%のインスピレーション(ひらめき)と99%のパースピレーション(汗をかくこと)である」といったように、創造の元になる革新的なアイデアを発想することと、そのアイデアを実現するための具体化の作業のいずれもが重要で大変な労力を要するものであることは、研究開発に従事する者であれば骨身に沁みて感じていることです。
それゆえ、受け取る側が勝手に「誰でも簡単にできる」方法を期待してしまったことが、そもそもの問題だったように思います。 TRIZは、発明的問題を解くために、あれやこれやと繰り返し考え続けるための方法論を提供するものです。
したがって、TRIZの方法論の訓練を続けることで、繰り返し考え続ける習慣が身につき、結果的に発明的問題を解決することができるようになる、というのが正しい理解でしょう。 こう考えると、日本の研究開発の一部の現場で、単に「40の発明原理」(技術的矛盾の解を得るためのヒント)だけで発明的問題を解こうとしている試みは、TRIZの本来の考え方から逸脱しているように思えます。
その結果、「TRIZは役に立たない」といった誤解が生まれ、研究開発の現場でTRIZが使われていないという状況を生み出しているのではないでしょうか。 TRIZを創案したアルトシュラーは、その晩年に「発明原理」とそれを使うための「矛盾表」は古びたものとみなしていたといわれています。
TRIZを研究開発の現場で活用するには、韓国で行われているように、TRIZを使って繰り返し考え続ける訓練が必要なのではないでしょうか。