なぞかけ、等価変換理論とTRIZ

「AとかけてBと解く。その心は、AとBの共通点。」とは、落語家が大喜利の余興として行う、いわゆる「なぞかけ」と呼ばれる遊びです。 江戸時代の庶民の遊びであったという説もあり、当時の庶民の創造性の高さを示すものの一つといえそうです。
「なぞかけ」では、AとBとは異質のものであることが必要であり、その異質のもの同士が共通の本質でつながる(対立が解消される)から納得でき、その意外性に驚かされるわけです。この「なぞかけ」は立派な発想法の一つと考えることができます。 この「なぞかけ」を意識的にある手順に従って新しいアイデアを考え出すための方法としているのが等価変換理論です。
なぞかけの「お題:A」が等価変換理論で参考にする問題と関係のない異分野の「アナロジー」にあたり、なぞかけの「・・・と解く」の「・・・:B」が等価変換理論の「解決策」にあたり、なぞかけの「その心:C」は「アナロジー」と「解決策」の「共通の本質」にあたります。
つまり、具体的な問題に関する解決者の視点で、アナロジーの構造、機構や方法を観察して、アナロジーの本質を見つけることで、そのアナロジーの本質を問題領域に移転し、具体的な問題の解決策を完成します。
この方法は、TRIZの問題解決の考え方とも同じといえます。ご存じのとおり、TRIZではあらゆる分野の技術をヒントとして採用するために具体的な問題を一般的な問題に抽象化し、その一般的な問題に対応する一般的な解決策を具体化し、具体的な問題の解決策を完成させます。
等価変換理論がヒントにするアナロジーは具体的なものであるのに対し、TRIZがヒントにする一般的な解決策は抽象的なものである点で両者は異なっています。しかし、いずれの場合も具体的な解決策を完成させるためには、具体的な問題の分野の既存の知識と新たに調査して入手すべき知識が必要であるということです。
つまり、等価変換理論、TRIZといった高度な創造技法で解決コンセプトを手に入れることができたとしても、それだけでは具体的な解決策を得ることはできないということです。
革新的な解決策を得るには、的確なヒントに気づく(直観が働く)ための問題の分野での体験(経験)が必要であるとともに、実現可能な具体的な解決策を得るには、問題の分野の専門知識が必要であるということです。

矛盾は解消してはいけない

いかにして論理的に正しい結論に到達するかが、論理思考の目指すところですので、論理思考の結果は誰がやっても同じ結論になるということです。
論理思考は、学校で出されるような正解が決まっている問題や常識的な問題には役立つ思考法です。しかし、仕事や組織に関する答えが1つとは限らない問題や発明的問題のような複雑な問題には、これだけでは解決策が得られません。
仕事や組織の問題や発明的問題のような複雑な問題が、なぜ論理思考だけで解けないかというと、論理思考が論理的整合性を重視するため、対立する意見が同時に存在するような「矛盾」を排除する思考であるからです。
世の中のモノ、コトは、常に変化し、発展し、進化していくわけですが、実はそのモノ、コトの発展の原動力は、その内部に含まれている「矛盾」であるといえます。 「矛盾」を排除するという発想だと常に同じ結論しかでませんから、変化は起きませんし、モノ、コトの発展は起きません。
また、対立する意見のうちいずれか一方の意見だけを採用するような、「矛盾」を機械的に「解消」するようなことでは、矛盾を解決したことになりません。 矛盾する問題を解決するには、矛盾を「止揚」することです。矛盾を止揚するとモノ、コトが発展し、進化することになります。
TRIZでは、矛盾を解決したときにモノ、コトは進化するといいます。 矛盾を止揚するとは、もともと弁証法の考え方です。弁証法では「止揚」とは、互いに矛盾し、対立するかに見える2つのものに対して、いずれか一方を否定するのではなく、両者を肯定し、包含し、統合し、超越することによって、より高次元のものへと昇華していくこと、といいます。
たとえば、企業は、発展し続けるために「利益を追求する」ことと、顧客のために役立つという「社会に貢献する」ことの両方が要求されます。そこで、このいずれか一方を肯定し他を無視して割り切るのではなく、この両者を肯定し、包含し、統合した企業を目指すことが求められるわけです。
矛盾は機械的に解消するのではなく、矛盾を止揚してより高次元のものへと発展させることが必要であるということはわかりました。では、どうすればいいのでしょうか。
そのためには、互いに対立・矛盾する2つのものの間で、あたかも振り子を振るように、うまく全体のバランスを取ることです。 具体的な方法としては、TRIZ(発明的問題解決理論)を使用して矛盾を解決することや、TOC(制約条件理論)を使用して対立をなくすことが有効です。
TRIZの解決法では、「時間、空間、構造、条件等」でその矛盾の状態を分離することで解決することになります。TOCでは「仮定、前提条件、思い込み等」を突き止めてそれらを無効にすることで解決することになります。

「ひらめき」について

創造的なアイデアを創出することがTRIZの目的の1つであるはずですが、残念ながらTRIZでは「ひらめき」(直観)についての説明はありません。 実務に携わる立場からいえば、創造的思考を指導する上で心許なく感じているところです。
そこで、今回は一般的な創造の世界での「ひらめき」について考えられていることを述べてみたいと思います。 「ひらめき」はそれを意識していないときに生まれるわけですから、無意識の働きであると考えられます。
したがって、無意識の働きである「ひらめき」を利用するには、意識の働きを抑えればいいわけです。 かといって、ただ何も考えないのであれば、無意識の脳機能が特定の問題について働き出すことはありません。
むしろ、その問題についてのあらゆる知識を動員して、意識的にあれこれと熟考することで、常にその問題が気になる状態を作り出すことが必要です。 このような状態までじっくりと考えると、その問題を考えていないときに(その問題から離れたときに)、自動的に無意識の脳機能が働きだして、あるとき突然その問題の解決策がひらめくことになります。
このひらめきが起こるまでの期間を、創造心理学の分野では「あたため」といっています。 つまり、問題を徹底的に考えて上で、あたための期間を持つことで「ひらめき」を得ることになります。
そして、この「ひらめき」を論理的思考で具体化していくことにより、科学的な発見や技術的な発明を完成します。 社会に役立つ科学的な発見や技術的な発明には、問題をよく理解するための論理的思考とひらめきを具体化するための論理的思考が必要であり、さらに、論理的思考だけでは実現することのできない飛躍のためには「ひらめき」が必要になります。
論理的思考だけであれば皆同じ結論にしか到達しないわけですから、論理的飛躍である「ひらめき」こそが、その分野の専門家が容易に想到することのできない発見、発明を生み出す源であるということになります。
I-TRIZでは、システム・アプローチやプロブレム・フォーミュレーションという手法により徹底した論理的思考を行うフェーズと、オペレータを使うことで「ひらめき」を起きやすくする類比思考(創造的思考)を行うフェーズの両方が備わっていますので、大船に乗った気分で気軽に革新的なアイデア創出に取り組むことができます。
是非、一度I-TRIZを体験されることをおすすめします。

直感、直観とSLP(賢い小人たち)

ひらめきが起きるためには、前提として意識的にあれこれと熟考することで、常にその問題が気になる状態を作り出すことが必要であるといわれています。

その後、その問題から離れたとき(あたための期間を経ると)、自動的に無意識の脳機能が働きだして、あるとき突然にその問題の解決策がひらめくといいます。 このひらめきを直感や直観ということがあります。

直感とは、ある刺激に対する反応といった単なる「いのち」の働きによる感情の一形態のことであり、意識的な思考とは異なります。それに対して直観とは、動物が新しい環境に遭遇したときに、どうしたらいいか、自動的に過去のイメージを記憶の中から役立ちそうな記憶が現れて、それが行動に移されることであって、思考の一形態といえます。

さらに、最近の研究では、「直観」には「専門的直観」と「戦略的直観」があるということです。 「専門的直観」とは、専門家の即断のことであって、過去の経験値から瞬時の判断を下す、瞬間的な思考の一形態とのことであり、パターン化された類似の状況下でのみ作用し、常に瞬時に起こるとのことです。 これに対して、「戦略的直観」とは、2000年にノーベル賞を受賞したエリック・カンデルがいう、脳の各所に点在する過去の記憶を、ひらめきが大小を問わず呼び覚まし、新たな方法で点と点を結びつけるという「知的記憶」に関係するものであって、脳半球(右脳)で起こる非論理的な思考ではなく、脳全体で起こる論理的思考の一形態とのことです。

そして、戦略的直観は、未知・未踏な領域で戦略を生み出す際に少なからず有効に作用するものであるといいます(「戦略は直観に従う」、ウィリアム・ダカン著、杉本希子・津田夏樹訳、東洋経済新報社発行)。

ウィリアム・ダカンの「戦略は直観に従う」という書籍の中では、戦略的直観を森の中で見つけた小屋のような存在であるとしています。 「あなたはその小屋に近づくと、まず外観を見回し、続いて窓の中をのぞいて何があるのか確かめる。小屋の中にあるものは変わらないにもかかわらす、のぞく窓や角度によって、同じものが異なった形で見える。あなたは、窓という窓すべてをのぞき込む、ついには小屋の中に入り込み、窓から見た断片的な風景の全体像をようやくつかむことができる。

これこそが戦略的直観なのだ。」 つまり、戦略的直観とは、視点を変えるという意味ではTRIZのSLP(Smart Little People:賢い小人たち)という手法と似た概念であるといえます。しかし、SLPでは人間では見えないミクロの世界をも見ようとする視点が加わっている点が特徴的といえます。

SLPは心理的惰性を排除するための手法として紹介されていますが、実は全脳を使ってひらめきを起こすための手法であるといえるのではないでしょうか。

TRIZの「出口の壁」

前回は、TRIZを使用する際に具体的に抱えている問題を抽象的な問題へと変換する抽象化作業が、初めての方には戸惑いを与えるといったTRIZの「入り口の壁」について説明しました。

今回は、TRIZを使用して具体的な問題に対するアイデアを出す際に、ヒントとして与えられる一般的な解決策を具体的な解決策に変換する具体化作業が、うまく実行できないといったTRIZの「出口の壁」について説明します。

TRIZでは、問題解決に当たって積極的に異分野の知識を使います。 自分が問題を抱えている分野と異なる分野の知識を参考にするために、TRIZでは特定の分野の知識を他の分野の人にもわかるような一般化した知識に変換したものを使用することにしています。

そこで、自分の問題の解決策を得るには、一般的な知識を具体的な知識の形にして解決策にするといった手順になります。

しかしながら、いざ試してみると、抽象的な世界のモノコトを具体的な世界のモノコトに変換することは容易なことではないことがわかります。これを私はTRIZの「出口の壁」と呼んでいます。

特に、自分の専門と違う分野の問題を解決しようとする場合には、それが顕著になります。 TRIZを使えばどんな問題も解決できるのでないかとの期待を持っている方にとっては、期待はずれを実感する場面であるともいえます。

なぜ、一般的な知識を具体的な知識にするのが難しいかというと、具体的な問題の分野に関して自分が既に持っている知識、経験、イメージが不足しているからに他なりません。 一般的な知識を具体的な知識に変換するには、その具体的な問題の分野の知識、経験、イメージの一つひとつを抽出し、その中から使えそうなものを選択することが必要になります。

そのため、そもそも、その具体的な問題の分野に関して自分が既に持っている知識、経験、イメージが少ない場合には、問題解決に役立つ具体的なモノコトが見つからないことになります。

ここで重要なことは、単にその分野の知識を勉強して獲得すればいいというものではないということです。自分で実際に体験したことを踏まえた上で、行動に移せる程度に理解している実践的な知識を獲得することが重要になるということです。

TRIZを学んだだけでは、実際の具体的な問題解決ができることにはならないということです。これは、他のどんな問題解決の手法を学んだとしても、同じことではないでしょうか。

つまり、問題解決力を身につけるには、自分自身がいろいろな体験を積んで、具体的な解決策をたくさん持っていることが必要ということになります。