Ideation TRIZ超入門
(1) フルブライト博士が語るIdeation TRIZ

Ideation TRIZ by Prof. FULBRIGHT

(上村輝之)

フルブライト博士の写真

フルブライト博士

初めてIdeation TRIZ(I-TRIZ)という言葉に触れた方のために、Ideation TRIZ(I-TRIZ)がどういうものなのかをご説明しましょう。

Ideation TRIZを理解するには、ロン・フルブライト博士のお話しを紹介するのが一番手っ取り早いと思います。

写真の人がフルブラト博士です。

米国のサウスカロライナ州立大学アップステート(*1)で情報科学学部の学部長をしています。
髭が偉そうですが(実際、偉いんですけど)、性格はかなりお茶目です。

博士とデトロイト空港で待ち合わせたとき、「今どこそこに居るから」と彼から電話が入ったので、その場所に行ってみると...居ない。
周囲を何度も見回したのですが、見当たらない。
突然、私の背中に誰かがぴったり張り付いたような感じがしたので、何だ?と振り向くと、髭の大男がニヤリとウィンクして立っていました。
「忍者のような奴だ」と思いましたが、彼の得意技は忍者だけじゃないんです。
(*1) サウスカロライナ州立大学アップステートは、米国東海岸のサウスカロライナ州北西部に位置する1967年創立の比較的若い州立大学です。 (https://www.uscupstate.edu/)
実は博士はアイデアを出すのが大得意で、毎年のように州のイノベーション・ビジネス・アイデア・コンテスト(*2)に参加してきました。
(*2) 米国サウスカロライナ州のチャールストンメトロ商工会議所が主催するもので、バイオ科学、ソフトウェア/情報技術、エンジニアリング、環境持続可能性、その他の各分野で競われます。毎年300を超えるアイデアが寄せられる中、フルブライト博士は、上位入賞の常連となっています。
そして連続4年間に、1回のグランプリを含む5回の入賞を勝ち取りました。(*3)
4年間に5回ですよ!
彼一人で何個ものアイデアをひっさげて複数の入賞を獲得した年もあったということです。
(*3) 2010年の例では、博士の専門の情報技術ではなく、環境持続可能性の分野で優勝しましたが、その時のアイデアは、「ピックアップトラックをベースに、利用目的別にモジュール化した着脱可能な車両を組み合わせ、各モジュールごとにエンジン制御を切り替えるというものです。アメリカらしいアイデアですね。」

なぜ、博士は勝ち続けることができたのか?

なぜ、博士は勝ち続けることができたのか?

彼が特別に頭の良い人だから?

確かにそうなのかも知れません。大学教授ですし、学部長ですからね。

でも、頭の良い人は他にもたくさんいたと思います。イノベーション・コンテストなんて、頭脳に自信ある人ばかりじゃないですか。

しかし、そんな猛者たちの中で、博士は史上最高の入賞回数を誇っているのです。

博士の強さの秘密はなんでしょうか?

彼自身はこう述べています。
「 私は、この毎年のコンテストのアイデアを練るのに Ideation TRIZ(*4) を使っており、それは間違いなく素晴らしい威力を発揮してくれています。」
(*4) 初めて目にする、耳にするIdeation TRIZのことは、これからしっかりご説明しますから、ここでは読み方だけ覚えて下さい。Ideation TRIZは「アイディエーショントリーズ」と読みます。
実は博士は、10年以上のキャリアをもつバリバリのIdeation TRIZスペシャリストです。

毎日のようにIdeation TRIZを使って新しいアイデアを考えているそうです。
大学ではIdeation TRIZの授業も受け持っています。
博士のIdeation TRIZ教育プログラムは、米国、ドイツ、イスラエルなどの他の大学や企業でも使われています(*5)。
(*5) Ideation TRIZを活用している企業・団体については、http://ideation.jp/f_voices/でその一部をご紹介しています。

Ideation TRIZを一言でいうと...

「 Ideation TRIZ は、人類のイノベーション思考を蒸留したものです。」
と博士は言っています。

なんだかよく分かりませんね。
博士は、この言葉を説明するために、自分自身で続けてこう言っています。
「 Ideation TRIZ は、人類のあらゆるイノベーションのエッセンスを抽出して、普通の人がそれにアクセスできるようにしてあります。 ですから、 誰もが、歴史上最もイノベーティブ(革新的)クリエーティブ(創造的)またはインベンティブ(発明的)だった人々の知恵を借りることができるのです。」
つまりIdeation TRIZとは、
「歴史上の革新・創造・発明の達人たち」の知恵を借りるシステム
だと言うことなのです。

まだまだ、何のことなのか分からないと思います。

Ideation TRIZのことを凝縮して表現するとこのようなことになるのですが、もう少し順を追ってご説明していくことにしましょう。
説明を読んでいくうちに、皆さんも、「なるほどそういうことなのか!」と腑に落ちようになりますよ。

エキスパート・システム(先人の知恵拝借システム)

皆さんが日常の生活を送る上で当たり前と思っていることのほとんどすべてのものは、先人たちの知恵が集まり、誰でもが使えるようになったシステムなのです。

たとえば、料理や裁縫などの技法は、昔の誰かが考えだし、後の誰かが改良し、それが歴史の中で積み上げられてきたものです。
皆さんも誰かから教えてもらってそのまま、あるいは自分で工夫を加えて使っていますよね。
お母さんや学校から基本を習い、最近ではインターネットの料理レシピサイトなどを利用して得意レシピを増やしているかも知れませんね。
テレビで料理研究家などの技を紹介しているのをご覧になっているかも知れません。

ゴルフやスキーなどのスポーツも同様です。スポーツの場合、すべてが先人の技の集大成と言いきってしまっていいと思います。

そうなんです。学校で習う様々な学問も含めて、私たちを取り巻く社会のほとんどすべてが、皆、先人の知識や知恵の集まりなのです。

このようなシステムを“エキスパート・システム”(先人の知恵拝借システム)(*6)と、ここでは呼びたいと思います。
(*6) エキスパート・システムは、人工知能分野などで、異なる意味に用いられていますが、ここでは、当本文中で用いている意味にて使用しています。

このように、私たちの周りには、日常生活上のほぼあらゆる目的のエキスパート・システムが既に古くからあります。
私たちは、それらの存在すら意識することなく、ただ当たり前のこととして受け入れています。
生活に溶け込んでしまっているものは、もはや当たり前のことになっていますから、いまさらエキスパート・システムなんて言い方をしたら大げさに感じてしまいます。

イノベーションのエキスパート・システムは?

しかし、
「技術問題を解決する、発明を考えだす、イノベーションを生みだす」
という目的で作られたエキスパート・システムはどうでしょうか。

家庭でも、学校でも習ったことがないでしょうから、皆さんそんなものが存在していることすらご存じないと思います。
こんなものがあるなんて話をするだけで、中には、怪しいトリックや詐欺のようなイメージを持ってしまう方すらいらっしゃるのではないでしょうか。

でも、実は20世紀後半に、それは誕生している のです。

それは、生まれる前は、天からの導きだと思われていた

その詳しい説明をする前に、もうひとつお話を聞いてください。

それは、「なぜ、エキスパート・システムを使わなければいけないのか?」「使わなかったらどんな不便なことが起きるか?」というお話です。

皆さんは中学校で二次方程式を習いましたよね。

別に数学の天才でもないわずか14-5歳の子どもが、学校の先生に教わったままに、当たり前に答えを出すことができる、あの二次方程式です。

実は、この二次方程式ですが、ある人物がその公式を導き出すまでは、ひらめきや勘の優れた天才にしか解けない問題だったのです。
仮に答えが出たとしても、霊感が働いたからだとか、天からの導きがあったからだと思われていたそうです。
ですから、当時は数学の天才くらいしかそんな問題を解こうとしなかったようです。

アル=フワーリズミー
(ja.wikipedia.orgより)
でも、今は違います。
中学生がマスターしなければならない必須の知識なのです。できないと、「だめ」と言われる知識なのです。できないと、先生や親に叱られてしまう、大切な知識なのです。

二次方程式の解を導く方法を見つけた人物とは9世紀にアッバース朝(イスラム帝国)のバクダッドで活躍したアル=フワーリズミーという数学者です。
彼がこの方程式の解を導く方法を発見せず、あるいはその解法を公開しておらず、今でも天才しか二次方程式を解けなかったなら、私たちの生活はいったいどのようになっていたことでしょうか。

近代的なテクノロジーなんて全然実現されていなかったと思います。

ついでにお話ししておくと、このアル=フワーリズミーが著した著書の名前がアル=ジャブルといい、これが英語のアルジェブラ(代数学)になったそうです。

当たり前のことも、知らない人はいる

箸
(ja.wikipedia.orgより)
もうひとつだけお話をしてみましょう。

皆さんがおそらく毎日使っているお箸のことです。

皆さんにとっては当たり前すぎる日常のお箸という道具ですが、お箸を使ったことも、見たこともない欧米の人に、二本の棒があれば、なんでも取ることができると言っても通じません。
何の説明もなく、ただ目の前にお箸を差し出したら、欧米の人は何だと思うでしょうか。きっと、立派なクイズになりますね。
「日本や中国では、これを毎日使っています。さて、どう使うのでしょうか?」
なんて感じですね。

じつは、お箸はだだの二本の棒ではなく、東アジア民族の知恵が結晶した、最高度に洗練されたエキスパート・システムです。

ところが、世界の他の地域の人々は、長い間、お箸を知りませんでした。
今でも手づかみしか食事の仕方を知らない人々が何十億もいます。
熱々のシチューなんて、彼らは楽しめません。ナイフやフォークも、ステーキを切って食べるならいいですが、魚だとかなり不便ですし、欧米でよくある蒸したムール貝なんかも、お箸の方が身をつかむのにずっと楽ですよね。
(* 今では、欧米でも日本料理や中国料理が広まり、お箸を使える人もいるようですが...。)

さて、このように世の中には、一方の人々には当たり前で便利なものが、もう一方の人々にはその存在すら知られていないというものは数限りなくあります。

まだまだ面白いお話はありますが、ここで本題に戻ることにしましょう。

イノベーションのエキスパート・システムは存在している

「技術問題を解決する、発明を考えだす、イノベーションを生みだす」 ためのエキスパート・システムは、既に存在しています。

時代は第二次世界大戦後、場所は旧ソ連です。

詳細な経緯は省略しますが、このエキスパート・システムはトリーズ(TRIZ)と名付けられました。

誕生後のトリーズ(TRIZ)は、その後も多くの人々の知識や知恵を加えて、さらに洗練されたものに成長し、今では、欧米をはじめ、お隣の中国でも、韓国でも、積極的に学校や企業で導入されているのです。

誕生後も様々に進化を遂げているトリーズ(TRIZ)ですが、中でも総合的で、導入が容易だと言われているのが「Ideation TRIZ(アイディエーション・トリーズ)」といわれているものです。

そうなんです。
フルブライト博士は、既に多くの人が使っている「Ideation TRIZ(アイディエーション・トリーズ)」というエキスパート・システムを「私『も』使っている」と言ったのです。

エジソンが助けてくれる!

Ideation TRIZについて、フルブライト博士はこうも言っています。
「Ideation TRIZ を使うということは、まるであなたが、エジソンと共同で仕事に取り組んでいるようなものなのです。」
最初にご紹介したフルブライト博士の言葉を思い出して下さい。
誰もが、歴史上最もイノベーティブ(革新的)、クリエーティブ(創造的)またはインベンティブ(発明的)だった人々の知恵を借りることができるのです。」
「歴史上最もイノベーティブ(革新的)、クリエーティブ(創造的)またはインベンティブ(発明的)だった人々」の代表として、今度はエジソンの名を使っていますね。
この方が分かりやすいかも知れません。

エジソン
前の言葉よりもずっと分かりやすいと、私は思います。
あのエジソンがあなたの傍らにいて助けてくれるっていうことなんですよ!

もちろん本物のエジソンが傍らにいる訳はありません。
でも、Ideation TRIZを使うということは、「Ideation TRIZ」と名を変えたエジソンのような発明の天才が、困ったときにいつでも相談に乗ってくれるんだと考えてみて下さい。
家庭教師のようなイメージでしょうか。

抱えている問題を解決するために、まずどこから手をつけたらいいのか分からない。そんな時には、傍らのエジソン先生(実際にはIdeation TRIZ)に聞いてみる。そして、そのアドバイスに従って、まずは始めてみる。

始めたはいいが、また壁にぶつかってしまった。そんな時にも、傍らのエジソン先生(=Ideation TRIZ)に聞いてみる。そして、教えてくれたたくさんの事例を参考に、自分だったらどうするのかをじっくりと考えてみる。

「そんな便利なものがあるなら、使わない手はない!」と思いませんか?


勘のいい人には、もうたとえ話はいらないかもしれませんが、そうでない人のためにもう一回だけこんなたとえをさせていただきます。

もう一度二次方程式の話題に戻ってみましょう。
あなたが、中学生の時を思い出してみて下さい。
宿題となったある問題を解こうとしても、解き方が分からない。考え方が分からない。
困った。困った。
お父さんやお母さんに聞いたって、所詮無駄。お兄さんやお姉さんも、全然やさしく教えてくれない。
参考書を見たって同じ問題は見つからない。

そんな時、家庭教師のエジソン先生がやってきた。
そして、先生は、こう教えてくれた。

私だったらこうすると思うけど…。
「この問題の場合、これをひとまとまりにして、ここに代入すると…。」

そうしたら、あら不思議。
難しい問題が、簡単な基本問題に姿を変えてしまった…。

これなら自分だって解ける。

実際、フルブライト博士は、この手を使ってイノベーション・コンテストで勝ち続けたのです。

どんな知恵がIdeation TRIZに入っているの?

次のページでは、Ideation TRIZの内容をもう少し具体的にお話しします。

Ideation TRIZを作り上げている
「歴史上最もイノベーティブ(革新的)、クリエーティブ(創造的)またはインベンティブ(発明的)だった人々の知恵」
とは一体どういうものかというお話です。

(次のページに続きます...)