新しい研究開発のテーマを見つける方法(1)

今、日本では先進国に学ぶものがない状態の中、新興国の技術力の脅威にさらされています。たとえば、ついこの前まで日本がトップを走っていた液晶カラーテレビにしても、今では40インチの液晶カラーテレビが5万円を切る値段で販売される時代になっています。
技術の世界でトップを走り続けるには、技術的な問題を解決するスピードが大切であることはもちろんですが、追随を許さない程に他社との距離を離そうとしたら、それだけでは不十分です。 むしろ、他社と同じ道を走らないことを考えるべきです。
そのためには、どこも手がけていない新しい課題をいち早く発見することです。 研究者、技術者には、自分たちの技術開発の成果である発明を生み出し、その発明を確実に特許化して他社の模倣から製品を保護することで、先行者利益を確実に手に入れることが求められています。
発明は特定の目的(課題)とその課題を実現するための特定の手段とからなっています。したがって、特許化の要件である新規性のある発明(新しい発明)といえるためには、課題か手段のいずれかが新しければよいわけです。
一般には、手段の方にのみ関心が向いてしまい、どこもやっていない手段を考え出すことに注力しています。それは、他と同じ課題を実現しようとしているからです。課題が新しくない場合には、新しい発明をしようとしたら新しい手段を考え出すしかありません。
そこには、新しい手段を考え出す技術開発競争の世界があるだけです。従来と同じ、いつかは過当競争の中に巻き込まれる、いわゆるレッド・オーシャンの世界です。 しかし、誰も手がけておらず、特許公報や論文、雑誌といった刊行物にも記載されていなくて、インターネットでも公開されていない課題を自ら発見したとしたら、それは新しい課題を発見したことになります。
そして、その新しい課題を実現する手段を考えたならば、それは新しい発明といえるわけです。そこは、誰もいないきれいなブルー・オーシャンの世界です。 しばらくしてから、どこかが同じ課題に目をつけて追従してくるでしょうが、先行者であるあなたが自らその技術を開示しなければ、他社は具体的な製品を手に入れてリバース・エンジニアリングをするしか手がありません。
そのため、あなたに追いつくまでにはかなりの時間と人手を費やすことになります。 仮に、追いつかれたとしても、そのときにはあなたはまた別の違う道(新しい課題)を走っていることでしょう。
先行者の地位を守ろうとすれば走り続けなければならないのは従来と同じですが、常に自分が意図している方向に向かって走っていることを実感しながら走っているという自信(推進力)は絶大な力を発揮し、結果的に競争力優位な立場を維持し続けられることになります。 たとえば、スチーブ・ジョブスが率いていたアップルの技術開発力がそのお手本といえます。
I-TRIZには、今のシステム(製品、技術プロセスなど)を新しい世代のシステムへと進化させる企画の立案作業を支援するために、戦略的世代進化(DE:Directed Evolution)という手法があります。
これは、未来を意図的に自分の思う方向へ制御することを目的するものであって、新しい課題を追い続ける世界を実現するものです。 戦略的世代進化(DE)は、技術や社会の進化のパターンを広く深くかつ詳細に適用して、対象とするシステムの今後の発展の可能性を体系的、網羅的に検討し、システムの将来像とその途上で克服すべき課題を明らかにします。

TRIZを知らない人でも使えるI-TRIZ

日本でTRIZといえば、創案者であるアルトシュラーが第一線で研究開発していた時代までの「古典的TRIZ」のことと思っていいでしょう。
現在、日本で販売されている日本語のTRIZに関する書籍は、そのほとんどが「古典的TRIZ」の一部分(技術的矛盾と発明原理)についての説明で終わっています。 そのため、TRIZといえば発明原理を使って問題解決を行うものであるという誤解が生まれ、発明原理で歯が立たないような問題に出会った際に、TRIZは使えないという短絡的な評価がなされているようです。
一方、「古典的TRIZ」のすべてを習得しようとすると、その膨大な体系がネックとなり100時間近い学習が必要であるといわれています。そのため、中々実務で使いこなせるようになるまでには至らないのが実情です。
そのため、TRIZは習得するまでに膨大な時間がかかり過ぎるので、実務には使えないという評価を下すことになります。 いずれの場合も、TRIZが使えないという結論を導くことになってしまっていることは、残念なことです。
これに対して、I-TRIZは「古典的TRIZ」の膨大な体系を有効に活用しながら、その使い勝手をよくすることを目的として改良されたものです。 「古典的TRIZ」のことは何も知らなくても大丈夫です。
研究者、技術者が日常的に使っているエンジニアリング・プロセスをそのまま辿ればいいように作られています。 最初に、問題の状況をいろいろな観点で分析し、分析した結果を第三者にもわかるようにプロブレム・フォーミュレータを使って図式化します。すると、その図式の因果関係を辿ることで、どこにその問題の原因があるかがわかるとともに、実現しなければならない課題が明確になります。
どのような問題であっても、その問題を解決するための課題は、有害な機能を削減するか、有益な機能を別の手段で実現するか、ということです。もちろん、有害機能をなくし有益機能をさらによくすることを考えてもいいわけです。
課題を実現する手段を考え出すには、その問題を抱えているシステムの中やその周りにあって、その問題を解決するために使えるもの(これを資源という。)に、何らかの手を加えてシステムの状態を変化させることを考えます。
資源にどのような手を加えるかについては、先人の知恵を大いに使うことを考えればいいのです。この先人の知恵を発明の定石パターンとしてまとめたものが、「古典的TRIZ」で使用される発明原理、分離の原則、発明標準解、工学的効果集、進化の法則といったものです。
I-TRIZでは、オペレータ・システムを使うことで、課題のパターンに応じてこれらすべての発明の定石パターンのうちから最適なものが提示されます。 その結果、課題の実現に役立つ複数のヒントが提示されますので、それらのヒントを使ったブレーン・ストーミングを行うことにより沢山のアイデアが発想できます。
以上のように、I-TRIZを使えば、問題をどのように定義すればいいか(技術的矛盾、物理的矛盾、物質-場分析、技術的作用、進化段階などの特定)といったことで悩む必要がなくなります。また、どの定石パターン(発明原理、分離の原則、発明標準解、工学的効果集、進化の法則など)を使えばいいかといった悩みもなくなります。
さらに、I-TRIZでは、古典的TRIZにはない、(1)現場で生じる不具合の原因を追及してその不具合を改善するための不具合解析(FA:Failure Analysis)と、将来生じるおそれのある不具合を予測してその予防対策を講じるための不具合予測(FP:Failua Prediction)、(2)技術分野の進化だけではなく市場の進化をも考慮に入れた次世代の商品・サービスの企画を行うための「戦略的世代進化(DE:Directed Evolution)」、(3)他社特許回避、発明強化、発明評価といった知的財産活動のための「知的財産制御(CIP:Control of Intellectual Property)」といった新しい分野へ適用範囲を拡大しています。
TRIZを知らない人、TRIZを使いこなせなかった人でも使えるI-TRIZの威力を体験し、実務に活用してみて下さい。

発明原理や人手にこだわらないこと

現在、日本でTRIZといえば、創案者であるアルトシュラーが第一線で研究開発をしていた1985年頃までに完成された古典的TRIZのことをいいます。 古典的TRIZは、技術的矛盾、物理的矛盾、物質-場分析などのそれぞれ別個の問題の定式化(問題を抽象的に表現する)を行うことで、発明原理、分離の原則、発明標準解などの発明の定石パターンを使って、発明的な問題の解決を図ろうとするものです。
古典的TRIZには、この他に工学的な効果集や技術的進化の法則というものもあり、その理論と方法論の体系が膨大なため、使いこなせるようになるのに相当な時間(100時間程度)を必要とするといった欠点がありました。 そのため、イスラエルでは古典的TRIZを簡略化したSITという手法が開発されたり、日本のように技術的矛盾を解決するための発明原理だけを使うことが起きています。
自分は技術開発の問題を解こうとしているのだから、技術的矛盾だけを対象にすればいいので発明原理だけで十分だと思い込んでいる人もいます。 日本では、40個の発明原理では多すぎて面倒だということで、一部では8個、12個といった汎用性の高い発明原理だけで問題解決に取り組もうとしている人もいます。
古典的TRIZの一部分だけを使用するのでは、せっかくのTRIZの威力が発揮されないのは当然です。 発明原理だけを使って良い結果が得られなかったからといって、TRIZは役に立たないと決めつける人がいるのは困った話です。
そもそも、アルトシュラーは1970年代に、発明原理では高度な発明的問題には歯が立たないと判断し、それ以後に分離の原則や発明標準解を開発しているわけで、発明原理だけで色々な問題を片付けようとすること自体に無理があります。 理想性の観点からすれば、以上のような安易な簡略化に陥らず、取り扱いが容易であって、かつTRIZの強力な威力が得られる手法が望まれるわけです。
I-TRIZでは、通常のエンジニアリングプロセスの分析段階で、(1)問題を多観点で観察することで問題解決に使える資源を見出し、(2)問題の状況を因果関係ダイヤグラムに表現さえすれば、ソフトウェアがそのダイヤグラムの論理を読み取って自動的に問題解決のために必要な指針が網羅的に提示します。
提示された指針の中から、自社の内部状況(人、設備、資金、競合関係等)を勘案して、取り組む課題として適当と思われるものを選択すると、ソフトウェアが自動的に選択した指針に最適な解決パターンを提示します。 この解決パターンには、発明原理、分離の原則、発明標準解、革新ガイド、技術進化の法則のすべてが含まれており、それらを問題解決者が意識して使い分けるようなことは必要ありません。
問題解決者は、単に課題実現のために選択したいくつかの解決パターンを、分析段階で見出したいずれかの資源に適用する(組み合わせる)といった操作(思考)をブレーンストーミングの要領で繰り返すだけです。 後は、その操作結果として得られた技術的なアイデアの中から、自社にとって最適なものを選択すればいいのです。
問題解決者にとって、取り扱いが容易であって、かつTRIZの強力な威力が得られる手法がI-TRIZということです。 I-TRIZには使用するエンジニアリングの分野によって、企画部門に最適なDE(戦略的世代進化)、研究開発部門に最適なIPS(発明的問題解決)、生産部門に最適なAFD(先行的不具合対処)、知的財産部門に最適なCIP(知的財産制御)という各ソフトウェアが存在します。
ソフトウェアを使わないでTRIZを使いたいという人がいますが、TRIZを実務に使うのであればソフトウェアが必須であると考えるべきです。 なぜならば、TRIZは先人の知恵を蓄積した知識データベースを持っていることが他の創造技法と一線を画している点であり、その膨大な知識ベースを簡単に使いこなすには人手では無理だからです。

ものづくりからコンセプトづくりへ

ものづくりの主役である製造業、その中でも典型的なのが自動車産業ですが、自動車の電子化が急速に進んでおり、現在では特許出願の半分は電子部品関連であるといいます。 自動車に限らず、かつて機械的に実現されていた機能がソフトウェアで代替され、現在では電子部品が組み込まれた製品の付加価値の90%はソフトウェアに由来するともいわれています。
世の中はいわゆる情報産業の時代にあるということです。 iPod、iPone、iPadのようなものが、なぜ日本で生まれないのかといわれていますが、その最大の原因は、「もの」より「コト」(物語)やコンセプト(全体を貫く基本的な概念、理念)が重要視されるようになった時代にもかかわらず、未だにものづくりに拘っているからではないでしょうか。
確かに、日本製品の品質は世界一かもしれませんが、ほぼ同じ品質のものが韓国や台湾で安く作られて、特にコンピュータでは、製造ノウハウは新興国にほぼ完全に移転されており、日本が製造する意味がないように思われます。 そして、コンピュータと密接な関係にある情報産業では、必要な部品は陳腐化して世界中から調達できる一方、それを使って行うサービスには不確実性が大きいので、独創的なアイデアや美しいデザインなどの無形資産は簡単に手に入らないという状況があります。
情報産業の世界では、物的資本より人的資本の問題が重要であるということです。 ものづくり技術(製品)に大事なのは品質や信頼性ですが、情報産業の製品に大事なのはコンセプトです。美しいデザインとコンセプトの統一性こそが重要であり、これはものづくり技術と違って分割することができません。
日本の中で完成させなければなりません。 ところが、科学の理論が科学者の直観から生まれるように、イノベーションを生むのは技術者の才能によるため、イノベーションを起こす具体的な方法論はないといえます。
スティーブ・ジョブスが、アップルの企業理念は「本当にいけてる製品をつくることだ」といったように、「楽しく面白い仕事をする」というモチベーションこそがイノベーションを起こすエネルギーです。 また、イノベーションを広めていくためには、そうすることが必然だと思える魅力的な物語が必要だということです。
スティーブ・ジョブスがiPadのプレゼンテーションをしたときに、彼はソファに座っていました。 彼は、従来のコンピュータは机に前のめりに座って仕事をするために使用するものだったが、これからはリビングでソファに身を横たえてくつろぐときに使うものだ、という物語を伝えたかったのでしょう。
新製品を開発して世の中に普及させようとするイノベーションは、ある意味賭けであり、不確実性が大きいものです。そのため、多くの日本企業が組織によるコンセンサスでその是非を決める方法では、リスクを避けて無難な製品しか生まれないことになります。
イノベーションを起こすには、ビル・ゲイツ、スティーブ・ジョブス、孫正義のような確固たる理念を持った強いリーダーシップを発揮できる人が必要であるということではないでしょうか。そして、その理念に共感して「楽しく面白い仕事をする」ことに生き甲斐を感じる技術者がいることが必要でしょう。