TRIZと類比思考

その昔、創造性開発を専門としている先生から「TRIZのどこが創造的なのか?」という疑問が投げかけられたことがあります。 沢山の種類の問題解決手法からなる古典的TRIZを行うためのアルゴリズム(手順書)をARIZといいます。 TRIZの創案者であるアルトシュラーが関わった最後のARIZは、ARIZ-85Cというもので、以下のような手順に従って問題解決を考えていきます。
1.最小問題を定義する
2.対立の対を定義する
3.技術的矛盾を表現する
4.2つの技術的矛盾から一方の対立図を選択する
5.対立を強める
6.特定の最小問題モデルを定式化する
7.最小問題モデルの解決に標準解法システムを使えないか考える
8.作用領域を決定する
9.作用時間を決定する
10.想定されるシステム環境およびシステム全体とともに問題のプロダクトとツールに物質・場パラメータ資源を見つけ出す
11.空間、時間、物質、場の資源リストを作成する
12.究極解1を定式化する
13.究極解1の定式に必要条件を追加して強化する
14.物理的矛盾をマクロレベルで定式化する
15.物理的矛盾をミクロレベルで定式化する
16.究極解2を定式化する
17.究極解2として定式化された問題を標準解法システムにより解決できないか考える
18.いくつかの有効な解決策を得る
以上のとおり、古典的TRIZのアルゴリズムでは、最小問題、対立の対、技術的矛盾、物理的矛盾などを定義または定式化する段階や、資源リストを作成するような問題の分析、定義に関する作業がほとんどを占めており、その中身は論理的な思考が中心になります。
一方で、標準解法システムによって解決策を出す段階になると、定式化された一般的な(抽象的な)問題に対する一般的な解をヒントにして、具体的なアイデアを出すことになります。 しかしながら、抱えている具体的な問題と直接的な関係のない一般的な解を与えられたとしても、そこから具体的な問題を解決するための具体的なアイデを出すことは容易なことではありません(論理思考だけでは無理)。
そこでは、問題解決者の知識や経験によって、一般的な解を実現している具体例を自分の記憶から引き出して、その具体例で行われているメカニズムを使って抱えている具体的な問題が解けないかと考える必要があります。 知らないことを理解するには、自分が知っていることになぞらえて考える以外に方法はありません。
問題解決の場合も例外ではありません。 このような思考方法を類比思考といいます。TRIZも他の創造技法と同じく、アイデアを出す段階ではこの類比思考に頼ることになります。 たとえば、シネクティックス、等価変換理論、NM法といった技術的問題を創造的に解決するための技法は、いずれも類比思考を円滑に行うための方法論であるといえます。
論理思考によってどんなに問題を精緻に分析したとしても、解決策を考え出す段階では他のものになぞらえて考えるイメージ思考(想像思考)が必要になります。 この点は、TRIZも他の創造技法と何ら変わりません。 TRIZを使った問題解決を行う際には、創造性が必要になるわけです。裏を返せば、TRIZを使った問題解決の訓練を繰り返すことで、創造性が高まるということになります。

持続的イノベーションから破壊的イノベーションへ

イノベーションの語源は、1911年に、オーストリア出身の経済学者シュンペーターによって、著書『経済発展の理論』において初めて、物事の「新機軸」「新しい切り口」「新しい捉え方」「新しい活用法」を創造する行為のことであると定義されました。
新しい技術の発明だけではなく、新しいアイデアから社会的意義のある新たな価値を創造し、社会的に大きな変化をもたらす自発的な人・組織・社会の幅広い変革である、ということです(「ウィキペディア」より)。
自動車やエレクトロニクスの産業分野に代表されるように、1980年代の日本の高度成長期は、欧米の新材料/新要素や新製品によるイノベーションに対し、すぐにキャッチアップして新製法によるイノベーションで競争力を獲得してきた、といえます。
ウォークマンのように日本オリジナルの製品モデルもありますが、欧米で創造された商品モデルに新製法によるノベーションで価値を生み出そうとしたケースが圧倒的に多いのが現状ではないでしょうか。 高度成長期の日本企業の生産現場では、大量生産による生産性向上を図るため、小集団活動、改善活動などで、製品の性能を上げたり、生産性を挙げたり、信頼性を上げたりしてきたといえます。
しかしながら、近年では市場環境の変化から、生産現場では少量多品種に対応する必要性が生じてきました。 そのため、顧客の声(VOC)を聞くことが重要であるとの観点から、別の意味で製品改良を繰り返すことが望まれています。
その結果、いつしか製品の性能のほうが顧客の望む性能レベルを超えてしまい、高コスト・高価格・過剰スペックの製品が出来上がってしまう、といった結果を招くことになります。 このように、顧客の要望を忠実に拝聴した結果であるのに、顧客の要望をオーバーしてしまうという逆説的な事態を、クリステンセンは過剰解決と呼びました。見方を変えれば過剰品質ということといえます。
クリステンセンは、このように、消費者や顧客が望む性能進化のスピードよりも技術進化のスピードが常に上回ると考えられています。このような既存の価値観の元での直線的な改良によるイノベーションを「持続的イノベーション」と呼びました。 このような「持続的イノベーション」は、先例があるものの改良行為で足りるものであって、古典的TRIZの得意とする範疇であるといえます。
クリステンセンは、「持続的イノベーション」の対極的な概念を「破壊的イノベーション」と呼びました。 「破壊的イノベーション」には、既存市場において大きなシェアを持ちながらもオーバーシューティングに陥った優良企業の高価格・複雑な製品に対し、より低価格や簡便性を実現する“破壊的技術”によって、これまで空白になりつつあったローエンド市場に参入する「ローエンド型破壊的イノベーション」と、新たな破壊的技術を用いた製品を、既存市場の一部としてのローエンド市場ではなく、新しい価値軸に基づいた、これまでと異なる新規市場に参入する「新市場型破壊的イノベーション」があるといいます。
クリステンセンは、「新市場型破壊的イノベーション」を「無消費」すなわち消費のなかった状況に対抗するイノベーションであるとしています。たとえば、ソニーのトランジスタラジオやウォークマンは、小型化という技術的イノベーションを新しい価値の軸で市場投入したことにより新しい市場を創造しました。
既存市場でハイエンド市場へ向けて「持続的イノベーション」を繰り返していくイノベーションが、破壊的技術によって「ローエンド型破壊」や「新市場型破壊」をもたらす破壊的イノベーションに駆逐されてしまう現象を「イノベーションのジレンマ」といいました。 「破壊的イノベーション」のうちの新しい価値軸に基づいた「新市場型破壊的イノベーション」は、残念ながら古典的TRIZの範囲を越える概念であるといえます。
非直線的な変化による「新市場型破壊的イノベーション」は、不連続な進化の法則を何百もの進化のパターン/ラインによって体系的に整理した知識ベースを活用することによって初めて、意図的に創造することが可能になるものです。
古典的TRIZを先進的な改良を加えたI-TRIZには、戦略的世代進化(DE:Directed Evolution)と知的財産制御(CIP:Control of Intellectual Property)といった、体系的に整理された進化のパターン/ラインの知識ベースを活用した「未来制御」を可能とする手法が整備されています。I-TRIZは、これらの手法を使うことで「新市場型破壊的イノベーション」を可能にします。

抽象的なヒントだけでは発明的問題には歯が立たない

抽象的なヒントとは、従来の創造技法でいえば「オズボーンのチェックリスト」のようなものをいいます。
「オズボーンのチェックリスト」では、アイデアを出すための切り口として、
(1)他に使い道はないか(転用)
(2)他からアイデアが借りられないか(応用)
(3)変えてみたらどうか(変更)
(4)大きくしてみたらどうか(拡大)
(5)小さくしてみたらどうか(縮小)
(6)他のものでは代用できないか(代用)
(7)入れ替えてみたらどうか(置換)
(8)逆にしてみたらどうか(逆転)
(9)組み合わせてみたらどうか(結合)
という9つの視点で考えることを推奨したものです。
オズボーンは広告代理店の業界の人であって、新しい広告のアイデアを出すためにこれらのチェックリストが有効であったということです。
しかし、発明のような、従来にない技術的問題の解決策を考える場合のように、実現可能性のある具体的な技術的手段を考え出すには、これでは力不足といえます。 「(3)変えてみたらどうか」といいますが、問題解決のためには何かを変更することが必要なのはわかりきっています。
これだけでは、どのように変更すればいいのかわかりません。 「(4)大きくしてみたらどうか、(5)小さくしてみたらどうか(7)入れ替えてみたらどうか、(8)逆にしてみたらどうか」は、変更の仕方を教えていますが、一般の技術者であれば設計変更の手段として普通に行っていることです。
したがって、これらのヒントからは、画期的な発明は生まれにくいといえます。 「(1)他に使い道はないか、(2)他からアイデアが借りられないか、(6)他のものでは代用できないか」は、発明の常道と示しているものといえます。
自分の技術分野とは異なる技術分野の知識を活用して問題解決を図ることは、自分の技術分野の専門家にとっては意外な解決策(新しい発明)が生まれる可能性が高いといえます。 しかし、これだけでは、どのような技術分野のどのような知識を活用すればいいのかがわかりません。
「(9)組み合わせてみたらどうか」というヒントは、他の8つのヒントによって考えついたアイデアを組み合わせることで、よりレベルの高い発明を完成しようとする場合に必要になります。
しかし、「創造とは既存のものの新しい組み合わせである」という言葉もあるように、具体的な組み合わせ方を提示しない限り、発明を生み出すためのヒントとしては常識的なものといえます。 以上のように、「オズボーンのチェックリスト」それ自体では、通常の思考では対応しにくい発明的問題を解決するヒントとしては有効なものとはいえません。
これに対して、I-TRIZでは発明的問題を解決するために、以下のようなシステマティックで強力な方法論を採用しています。 問題を解決するアイデアとは、「何をする(目的機能)ために、何をどうする(手段機能)」のかを表したものです。
I-TRIZでは、「何をするために」を明らかにするためと解決の方向性を探るために、問題を多観点(システムの階層(空間)、システムの変化(時間)、システムの機能(入力、出力)、システムの因果(原因、結果))で分析する「システム・アプローチ」を採用しています。 I-TRIZでは、「何をどうする」の「何を」を明らかにするために、問題解決に使える対象を洗いざらい見つけ出すために「資源把握」をします。
ここで、対象のことを「資源」といい、システムとその周辺に存在する物質資源、場(エネルギーや力)の資源、空間資源、時間資源、情報資源、機能資源を探し出すことになります。
これらの「資源」は「システム・アプローチ」を実行することで明らかになります。 I-TRIZでは、「何をどうする」の「どうする」を考え出すために、あらゆる技術分野に共通する技術的手段の本質概念を整理した約440種類の「オペレータ(指針)」を使用します。ただし、本質概念だけでは抽象的なので、「オペレータ」にはその具体例を示す事例(イラスト)が少なくとも1件付加されています。
以上のとおり、I-TRIZは「何をする(目的機能)ために、何をどうする(手段機能)」といったアイデアを完成するための具体的な手法として、「システム・アプローチ」、「資源把握」、「オペレータ・システム」を提供しています。 さらに、I-TRIZでは、アイデアを完成する思考プロセスと完成したアイデアを因果関係ダイヤグラムとして表現する「プロブレム・フォーミュレータ」も提供しています。
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TRIZの部分的使用の問題

依然に、TRIZの部分的使用について説明することを予告しながら未だ実行されていませんでしたので、今回はその説明をします。 実は、現在「TRIZ」という名称で表されているものは、当初アルトシュラーは「発明テクニック」といっていました。
そして、その後、「発明テクニック」は「発明的問題解決のためのアルゴリズム(ARIZ)」という名前に変わりました。 「TRIZ」という名称は、1970年代にアルトシュラーの書簡の中で初めて使われ、1980年代中頃に米国やその他の西側諸国に紹介する際に正式に「TRIZ」という名称を採用することにしたといわれています。
したがって、アルトシュラー自身が第一線で研究していた時期の古典的TRIZの正体といえば、「ARIZ」であるということになります。 アルトシュラー自身が手がけた最後のARIZは「ARIZ-85C」ということですが、その内容は膨大なものです。
ARIZ-85Cでは、最初に、最小問題を技術的矛盾の形で定義し、矛盾図式モデルに表した後、標準解を適用して問題を解決します。 標準解で問題が解決した場合には、解決策の質を確認するために、 新たな物質や場を導入しないで済ませることができないか? 物理的矛盾が解消されているか? 制御しやすい要素が少なくとも1つ含まれているか? 既存の特許資料と比較して新規性があるか? 解決策を実施する際に付随的問題を生じないか? といった点について考慮します。
その上で、 解決策によってシステムが改良されることで、その上位システムをどのように変化させるべきか? 改良されたシステムまたは上位システムが新しい用途で使用できないか? 解決策の原理を一般化して他の問題解決に適用できないか? といった「解決策の活用」について検討します。
他方、標準解を適用しても問題が解決しない場合には、資源の棚卸しを行い、究極の理想的な結果を定義し、究極の理想的な結果を得るための物理的矛盾を定義し、標準解を適用して問題を解決します。
さらに、必要に応じて、対象としているシステムとその外部環境に含まれる物質資源と場の資源を明らかにし、上位システム・システム・下位システムそれぞれの変化を捉えるためにマルチスクリーン・シンキングを活用します。
もし、この段階でも問題が解決しない場合には、賢い小人達のモデルを使って問題に含まれる矛盾の構造を表現し、賢い小人達の行動によって矛盾を解消するための変化を考えて、その変化を現実の問題状況に置き換えることで問題の解決を考えます。
また、必要に応じて、 究極の理想的な結果から一歩退いた形の解決策が得られないか? 物質資源や派生資源を組み合わせることで問題が解決できないか? 場を導入することで問題が解決できないか? を考えます。
それでも問題が解決できない場合には、標準解、物理的矛盾解決法(分離の原則)、物理的効果集を適用することを考えます。 問題の解決策が得られたら、解決策の内容を物理レベルから工学レベル(実行可能レベル)へと具体化させますが、もし、依然として問題が解決していないのであれば、問題を見直して、複数の問題の組み合わせである場合には、個々の問題を解決します。
また、必要に応じて別の技術的矛盾を選択する、最小問題を定義し直すといったことも考えます。 以上のように、ARIZは、標準的(一般的)な問題は標準解を適用することで解決を図り、それ以外の発明的(革新的)問題は、標準解の他に、物理的矛盾、物質-場分析(資源の棚遅し)、マルチスクリーン・シンキング、究極の理想的な結果、賢い小人モデル、物理的矛盾解決法、物理的効果集を使うという仕組みになっています。
しかしながら、日本では一般に、TRIZの紹介として技術的矛盾を定義する標準的な問題を対象とした手法のみが紹介されています。しかも、ARIZ-85Cでは技術的矛盾を解消するために標準解を使うことになっていますが、日本で紹介されている手法は標準解の代わりに発明原理を適用するようになっています。
というのも、技術的矛盾を解消するために、矛盾マトリックスを使って適切な発明原理を選択させるといった手法が一般受けする、というのがその理由のようです。 残念ながら、以上のような事情で、日本ではTRIZの本当の威力(魅力)が一般に伝わっていないというのが私の認識です。
TRIZの本当の威力を体験したいのであれば、古典的TRIZをエンジニアリング・プロセスに沿って再構成した「I-TRIZ」を使用することをおすすめします。