人や組織の問題を因果関係ダイヤグラムを使って解く

アイディエーション・インターナショナル社が開発した「プロブレム・フォーミュレーター」では、システムの状況を表現するために、システムの中の有益機能と有害機能とを因果関係でつないだ因果関係ダイヤグラムを作成することで、問題解決へ網羅的な指針が得られます。
ダイヤグラムの構成要素としては、データを記入するボックスと、ボックスとボックスをつなぐ矢印の2種類しかありませんので、初めての方でも少し練習すれば作成することができます。
ボックスには、機能、動作、作用、プロセス、操作または状態、あるいは、システムまたはシステムの一部の特徴を記入します。矢印は根元が原因、矢の先が結果になるようにつなぎます。
システムには物だけではなく人間や動物も含まれます。自然界における食物連鎖や生態系も生命の維持を目的としたシステムと考えることができます。国や地方自治体の運営、企業活動、大学教育など、人が組織として行う活動もシステムとみることができます。
したがって、人や組織に関する問題を因果関係ダイヤグラムに表現すれば、その問題の根本原因を見つけ出して、本質的な問題解決を図ることも可能ということです。
ところで、部分最適ではなく全体最適を求める制約条件理論(TOC:Theory of Constraints)では、人間が介在するシステムが抱える様々の問題は、その因果関係をたどって行くと、もっと根本的な限られた原因(システムの能力を制限している制約)によって引き起こされている、といいます。
制約条件理論は、生産管理の問題の場合、設備の能力などの物理的な制約よりも、規則や習慣などの方針制約が多くあることを突き止め、その方針制約の問題を解決する手法として「思考プロセス」を開発しました。
TOC思考プロセスでは、現状分析段階で、システムの問題点の原因や理由から選ばれた複数の好ましくない結果(有害機能)を原因と結果の因果関係でつないだ因果関係ダイヤグラムを作成します。TOC思考プロセスで作図したダイヤグラムは、プロブレム・フォーミュレーターで作図したダイヤグラムとよく似たものになります。
TOC思考プロセスでは行政に関する問題をたくさん解決していることが公表されています。したがって、人や組織に関する問題をプロブレム・フォーミュレーターで作成し、その問題を解決することが可能なことは理解いただけるでしょう。
TOC思考プロセスでは、問題を解決する際に対立解消図(別名「クラウド」という。)を作成し、そこで表現されている対立を解消するアイデア(別名「インジェクション」という。)を考えることになります。
対立を解消するアイデアは、対立解消図を作っている論理構造に隠れた仮定・前提を明らかにし、その仮定・前提を否定することで得られます。
プロブレム・フォーミュレーターで作成した因果関係ダイヤグラムで表されたシステムの問題は、根本原因に関係する矛盾(黄色ボックスに関係した部分)を見つけ出して、その矛盾を解決することで本質的な解決アイデアが得られます。
矛盾を解決するアイデアは、(1)相反する要請を空間で分離する、(2)相反する要請を時間で分離する、(3)相反する要請を対象全体とその部分とで分離する、(4)相反する要請を条件・特性で分離する、といった分離の原則を使って考えることになります。

「オペレータ」という曲者

「オペレータ」というと、一般には機械やコンピューターの操作者を意味します。
I-TRIZで「オペレータ」とは、問題解決に役立つ解決ヒントのことをいい、別名「発明パターン」ともいいます。
TRIZの知見によれば、過去になされた高い水準の発明を分析したところ、全く同一の基本的問題(矛盾)が様々な技術分野で何度も繰り返し取り上げられ、そして解決されてきたことが明らかになりました。
また、同じ発想に基づく基本的な解決策が何度も何度も、時には長い年月を隔てて、繰り返して使用されていることもわかりました。
このように繰り返して使われる解決策の原理となっている考え方を、I-TRIZでは「オペレータ」と呼んでいます(古典的TRIZの発明原理、分離の原則、標準解、進化の法則、効果集などが一つに集約され新たに体系化されたもの)。200万件以上の特許の分析から500を超える「オペレータ」が抽出されました。
たとえば、「場の強化」というオペレータは、「物体を密閉した容器に入れ、容器の内部の圧力を徐々に高くしてゆき、その後一挙に減圧する。急激な減圧によって物体の内部と外部の圧力に格差が生じ、これによって物体が爆発的に割れる。」というものです。
「場の強化」というオペレータを使うと、たとえば、(1)ピーマンの缶詰を作る際のピーマンのヘタと種の部分を取り去る作業が自動的に行える、(2)掃除機のフィルタに詰まった小さなゴミを簡単に取り除くことができる、(3)人工ダイヤモンドで工具を作る際に素材に入っている亀裂部分で結晶を分割することで亀裂のない結晶を手に入れる、といったように異なる技術分野の課題を実現することが可能になります。
TRIZの最大の特徴は、I-TRIZの「オペレータ」のように、先人の知恵が体系立てて整理されていることです。
日本の創造技法である等価変換理論やNM法も等価な参考例やアナロジーを使って問題解決を図りますが、参考例やアナロジーはその都度自分で過去の記憶を思い出すか、技術情報(特許情報を含む)を検索して手に入れなければなりません。
そのため、等価変換理論やNM法も、残念ながら技術開発の現場で使用されている例はほとんどなく、教育訓練レベルでの使用に留まっているのが実情です。
I-TRIZの基本ソフトであるIWB(Innovation WorkBench)では、問題の情報把握の段階で、「類似の問題を持つ他のシステム」という項目を設けています。
ここでは、取り組んでいる問題と類似の問題を抱えた他のシステムの見つけることを問題解決者に要求しています。
類似の問題を抱えた他のシステムが見つかったら、引き続き(1)その問題は解決されましたか?そうだとすれば、どのようにですか?、(2)その解決策をあなたの問題に適用できますか?それが不可能だとしたら、なぜですか?、(3)あなたの問題にその解決策を適用するためには、付随する二次的な問題を解決しなければならないとすれば、その問題はどんな問題ですか?、という問いに答えることで、取り組んでいる問題の解決策を得ようとします。
実は、この思考過程が「オペレータ」を使用する際の頭の使い方を述べているものといえます。
つまり、「オペレータ」という先人の知恵の膨大な知識ベースが使いこなせるかどうかは、上記の問いに答えるような考え方(これを類比思考という。)ができるか否かにかかっています。
I-TRIZで最も時間をかけて訓練する必要があるのは、この1点です。その意味でI-TRIZの曲者といえます。
【参考】
類比思考の訓練には、等価変換理論やNM法が最適です。いずれも、アイディエーション・ジャパンでお教えすることができます。必要があれば、いつでもご相談ください。
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論理的に思考し、かつ自由に発想する

I-TRIZは「論理的に思考し、かつ自由に発想する」仕組みを備えた方法論であるといえます。
I-TRIZの基本的な思考プロセスのうち論理的に思考する部分は、(1)システム階層(上位システム→システム→下位システム)、機能(入力→機能→出力)、問題(原因→問題→結果)、時間(過去→現在→未来)といった多くの観点で問題状況を分析する「システムアプローチ」と、(2)分析結果を因果関係ダイヤグラムで表現する「プロブレム・フォーミュレーション」です。
論理的な思考から自由な発想に移るアイデア発想の段階では、「プロブレム・フォーミュレーション」で作った因果関係ダイヤグラムから問題解決のための課題を指し示す問題文(指針)が得られます。
自由に発想する部分では、各指針に対応したシステムの変更案(アイデア)考える際に、先人の知恵を体系的に整理した知識データベースの中から的確な推奨文(ヒント)得られる「オペレータ・システム」を使います。
また、自由に発想する部分では、「オペレータ・システム」で提示される複数の推奨文を切り換えながらアイデア発想を促す「アイディエーション・ブレーンストーミング」を行います。
一般に、創出されたアイデアのうちのどれかが直接発明的問題の解決に役立つことはほとんどありません。
発明的問題のような複雑な問題の場合には、問題の様々な側面にそれぞれ対処する複数のアイデアを組み合わせることが必要になります。つまり、私たちが求める解決策とは、複数のアイデアを組み合わせたものになります。
複数のアイデアを組み合わせるには、「既存システムの組合せ」や「複合システム・多重システムの構築」というオペレータを使うことができます。
複数のアイデアを組み合わせるには、事前に創出されたアイデアを同一の機能に関連するアイデアのグループや同一の装置、部品、要素に関するアイデアのグループに分類をすることが必要になります。
複数のアイデアの分類ができたならば、「同一機能のシステムの組合せ」、「反対機能のシステムの組合せ」、「同種の構成要素をシステムに合成する」といったより具体的なオペレータを使うことができます。
ほとんどの解決策は二次的問題(解決策を適用することにより発生すると考えられる新たな問題)をかかえています。解決策を実行するには、この二次的問題を解決しなければなりません。
二次的問題を解決するには、当初の問題解決と同じ手順を辿ればいいのです。二次的な問題の解決は、多くの場合、当初の問題を解決するよりも容易です。
二次的問題の内容が具体的な場合には、「標準問題」というオペレータを使うことで、比較的簡単に解決できる場合があります。
複数のアイデアを組み合わせる場合や二次的問題を解決する場合には、各種のオペレータを使って自由に発想することの他に、創出された解決策を評価するための論理的な思考が必要になります。

TRIZの中の創造性

以前にも話題にしましたが、「TRIZのどこが創造的なのか?」という問題について再考します。
TRIZは、アルトシュラーが世界中の20万件以上の特許を調査し、その中から発明の名に値する4万件の特許を選んで精査して築いた理論的基礎により、体系的で段階的な手順からなる問題解決ツールが構築されました。
TRIZの問題解決ツールは、(1)最良の解決策の存在する領域を指し示すガイド、(2)技術分野に限定されることのない一般的な発明のパターン、(3)多数のイノベーションの実例、等の先人の知恵を参照して、それらからの類比発想によって発明的問題の解決をしようとするものです。
そのため、問題解決者個人の創造性を開発するといった点に重きをおいているとは言いにくい面があります。
一般的な回答をするならば、TRIZでは、(1)心理的惰性を排除すべく他の技術分野の観点からの検討を積極的にすすめることと、(2)問題解決ツールを使った活動を重ねることで、創造性が徐々に高められていくということでしょうか。
ここでは、別の考えを披露します。
そのヒントは、TRIZの教科書としての位置づけであるARIZの中にあります。
ARIZ85Cの第8部「解決策の活用」では、問題解決によって得られた解決策がもつ資源を最大限に活用することを行います。第8部は以下の3つのステップから構成されています。
ステップ 8.1. 解決策でシステムが改良されることによって、システムを内蔵する上位システムはどのように変化しなければならないのかを明らかにします。
ステップ 8.2. 改良されたシステム(あるいは上位システム)を何らかの新しい用途で使用することができないか確認します。
ステップ 8.3. 解決策を他の問題解決に活用します。
これにより、当初の問題解決で発見された新たな発明パターンを手がかりとした新しい「理論」の構築につながる可能性を探ることをします。
ARIZ85Cの第9部「問題解決プロセスの分析」では、問題解決の結果から、その問題解決の流れを徹底的に分析することで、データベースに新たな情報(標準解、解法、物理的効果集など)を追加することを検討します。第9部は以下の2つのステップから構成されています。
ステップ 9.1. 実際の問題解決の流れと理論との比較
ステップ 9.2. 問題解決の結果とTRIZの情報ファンドの資料との比較
以上のように、ARIZ85Cの第8部、第9部の作業を行うことで、問題解決者は問題解決によって得られた解決策を一般化するための抽象的思考に取り組むことになります。
抽象的思考をすることで、頭の中のぼんやりとしたイメージや傾向といった抽象的なパターンを抽出し、それを次の問題解決に応用することで新たな連想を生み、似たものにリンクを張る可能性を高めることにつながります。
つまり、ARIZ85Cの第8部「解決策の活用」、第9部「問題解決プロセスの分析」を実施することで、「気づきやすい、思いつきやすい頭」になれるということです。これが、TRIZの最も創造性開発に寄与できるところです(ARIZの中にそのようなシステムを備えていることがTRIZの創造的なところです)。
ちなみに、創造技法の一つであるNM法では「創造とは発想と、それを有効化することを含めたもの」と説明されています。
抽象的思考は創造の要素である「発想」に対応するものです。発想によって得られた抽象的なパターンを具体的なものへ変換するための論理的思考は「有効化」に対応します。
「有効化」に対応する論理的思考は、研究者、技術者は自分が関係する分野については得意とするところですから、格別問題ではないでしょう(もちろん、有効化の段階でも小さな「発想」は必要になりますが)。