近年になって、技術に関する事業の持続的発展のために研究開発や技術開発の成果を事業化に結びつけ、新たな経済的価値を創出していくためのマネジメント手法としてMOT(Management of Technology)の導入を検討している企業が増えています。
1981年にマサチューセッツ工科大学スローン校にビジネススクールの派生的コースとして設けられた技術経営コースを起源とするMOTは、日本では、2000年代初頭より経済産業省が主導して「技術経営人材育成プログラム導入促進事業」が提唱されたことにより、2002年から技術経営に関した大学院の開設が相次ぎ、今日に至っています(ウィキペディア「技術経営の歴史」より)。
MOTで解説されているマーケティング戦略では、顧客の声(VOC:Voice Of Customer)を聞いて、自社の強みを活かしてまったく新しい事業を考えるといいます。ここで、自社の強みは、SWOT分析(内部環境としての強み(Strengths)、弱み(Weaknesses)、外部環境としての機会(Opportunities)、脅威 (Threats))の結果から特定することになります。
しかし、「顧客の声を聞く」ということは、顧客がすでに持っているニーズをベースに考えるということであり、「自社の強みを活かす」ということは、自社の過去の成功体験の延長線上で考えることに他なりません。
したがって、MOTで解説されるマーケティング戦略に従うと、ゼロベース(既存の枠組みにとらわれず、目的に対して白紙の段階から考えようとする考え方の姿勢)の発想が禁止されるため、まったく新しいアイデアは生まれないのではないでしょうか。
外部環境である技術革新、制度改革など、世の中は日々変化しています。他方、内部環境である社内組織は、新しい変化に対応しようとする気持ちはありながらも、過去の成功の大きさからくる現状を肯定する考えに捉われています。
世の中の変化に対応することばかりに偏ると、話としては美しく魅力的ですが実現可能性が乏しいものとなります。また、組織内の感情ばかり気にすれば、実現はできるであろうが、魅力のない話で終わってしまいます。
新規事業を開発する場合には、「アイデアが革新的であればあるほど、実現可能性が低くなり、組織での合意形成が難しくなる」という矛盾を承知で進めることになります。
MOTは、世の中の変化に対応した革新的なアイデアの提案と、その実現に向けた取り組みを実現するには、組織の変革が必要であるとし、組織マネジメントについても論じています。
詳細な組織マネジメント論は別にしても、組織に関する一番の問題は、提案を承認する人や組織の裁量ではないでしょうか。
承認する人が理解しやすい提案(目新しさのない提案)の場合には簡単に了承されますが、承認する人の発想の枠を超える提案の場合には、提案内容の不整合や漏れの指摘がほとんどで結果的に了承が得られないことになります。
小さい市場規模ながら革新的な事業に取り組み続けている株式会社キングジムのように、役員(承認する人)のうち一人でも賛成であれば、その提案は商品化を検討する、という企業文化は稀なようです。
日本にイノベーションが起きにくいといわれる所以は、実は新規事業の提案を承認する人やその組織のあり方に問題があるのかもしれません。
どんなすばらしいアイデアであっても、企業にあっては承認されなければなかったことと同じになるわけです。
現場の研究者、技術者にできることは、新規事業の提案書(企画書)に、外部環境と内部環境との間に存在する数々の矛盾を紐解き、一見、実現不可能と思われるようなことを実現させるような戦略と戦術を記載して、組織の合意形成に努めることではないでしょうか。
イノベーション戦略を構造化して策定しそれを企業で実現する新規事業開発に有効に使用できる方法論は、アイディエーション・インターナショナル社が開発した戦略的世代進化(DE:Directed Evolution)であろう。
DEは、イノベーション・システムを理解するために必要な(1)システムの複雑性、(2)システムとしての相互作用、(3)システムの進化の3つの側面を表現することで、イノベーション戦略策定のデザインとイノベーション戦略策定のプロセス作成し実行することを支援します。最終的には、技術ロードマップ、知的財産ロードマップを作成することになります。
なお、(1)システムの複雑性、(2)システムとしての相互作用、(3)システムの進化の3つの側面を可視化したものは、アーキテクチャ(構成要素、連結、制約といった点からみたシステムの構造)で表現し、構成要素同士が「どのように」相互作用するかといったより詳しい内容は、意味ネットワークや因果関係モデルで表現することで、ツールの操作性を向上させるとよい。