目指すべきイノベーションとは

シュンペータによって「経済活動の中で生産手段や資源やそして労働力などを今までとは異なる仕方で『新結合』すること」と定義された「イノベーション」は、日本では一般には「技術革新」のことと捉えられている感があります。
しかしながら、今では、技術の発明に限らず、新しいアイデアから社会的意義のある新たな価値を創造し、社会的に大きな変化をもたらす変革と捉えることがよいでしょう。 マーケティングの分野では「イノベーション」を、過去のものから連続した直線的に進行する「漸進的イノベーション」と、過去のものから不連続的に進行する「急進的イノベーション」の2つに分けることで、より実践的な概念として扱われています。
一般には、「急進的イノベーション」の方が「漸進的イノベーション」より大きな社会的な変化をもたらすということから、企業としてはいかにして「急進的イノベーション」を起こすかという意見が多いようですが、私はこの意見に疑問を感じています。
「急進的イノベーション」から生まれた新製品・サービスは、その新製品・サービスの方が既存製品・サービスよりも低価格であったり、性能が格段によくなったりすることで、一気に顧客を引きつける力があります。
そのため、既存製品・サービスは競争力を急激になくしてしまうことになります。 「漸進的イノベーション」から生まれた新製品・サービスは、その市場の一部にしか関連しないと考えられるため、既存製品・サービスもそれなりの競争力を持ち続けることになります。
つまり、「イノベーション」が企業に与える影響は、その企業が既存製品・サービスを持っているか否かで異なるということです。 したがって、企業が「イノベーション」を目指す場合には、その企業の組織や市場における製品・サービスの状況と採用しているビジネスモデルによって「急進的イノベーション」と「漸進的イノベーション」のいずれを選択すべきかを考えなければならないということです。
「急進的イノベーション」の方が大きな社会的な変化を起こすことになるわけですが、一方で、その変化を起こすために新たな資源(人、物、金、情報等)が必要になるということも考えられます。 そのため、その変化を起こすために企業内の組織や環境を変化させることも必要になると思われます。
「急進的イノベーション」を起こすために、企業内の組織や環境を大きく変化させることには抵抗があるでしょう。 「漸進的イノベーション」は企業の既存能力を基に積み上げていくことで競争力を高めることができますが、「急進的イノベーション」の場合には企業の既存能力で対応することが難しいことから、かえって競争力を低めることにもなりかねないということです。
「急進的イノベーション」の方が「漸進的イノベーション」より大きな社会的な変化をもたらすということから、すべての企業が「急進的イノベーション」を目指べきであるというような、単純な結論にはならないことは確かなようです。

十如是とシステム・アプローチ

発明技法であるNM法を創案された中山正和氏は、「法華経」が創造性開発のテキストであるといわれました。 「法華経」には、物事について「相、性、体、力、作」の5つで今どうなっているかを分析するための尺度と、その現在の状況が過去や未来にどのようにつながっているかを「因、縁、果、報」の4つで考えることが示されています。
ここで、「相」は外面的な特徴、「性」は内面的な性質、「体」は実体、「力」は能力(エネルギー)、「作」は現実の作用、「因」は物事の原因、「縁」は現象の間接的原因、「果」は結果として現れること、「報」は因果関係が未来に与える影響のこととされています。
このような観点によって過去、現在、未来のあり方をすべてまとめて観察するのが「本末究竟等」(相から報に至るまでの事柄が究極的に無差別平等であること)を含めた「十如是」であって、存在の真実のあり方を知る手段を教えてくれています。
一方、古典的TRIZでは、対象とするシステムと、そのシステムの構成要素である下位システム、およびシステムに関連する上位システムを観察し、システム、下位システム、および上位システムそれぞれの過去ならびに予想される未来を観察します。
「上位システム-システム-下位システム」と「過去-現在-未来」の観点を組み合わせた9つの観点で物事を捉えようとした思考法が「マルチスクリーン」というものです。 I-TRIZでは、「マルチスクリーン」よりも多くの観点でシステムを観察する「システム・アプローチ」という手法を採用しています。
「システム・アプローチ」では、「上位システム-システム-下位システム」と「過去-現在-未来」の他に、問題の原因、問題の結果として生じる不都合、および、これらに関連するシステムの機能に着目する「原因-問題-結果」という観点と、システムに対する様々なインプット(入力)、システムからのアウトプット(出力)、およびそれらの問題と関連するシステムの機能に着目する「入力-機能-出力」という観点を使用します。
「原因-問題-結果」はシステムの因果関係を観察することですが、「十如是」によれば、因果関係に直接的な関係の「因果」と間接的な関係「縁報」とがあることを教えてくれています。 「システム・アプローチ」では、システムのプロセスの前の時間とプロセスの後の時間を観察する段階が設けられていますが、これは因果関係のうちの直接的な関係のことです。
原子エネルギーの力を使って電力を得る際の利害得失を考えることは直接的な関係を考えることであって、その結果、地球の未来にどのようなことが起きるかを考えることが、間接的な関係を観察することに当たるでしょう。その両方を考えることが必要なわけです。
「入力-機能-出力」では、システムが必要とされている機能を実現するためにどんな入力が必要で、システムが機能した結果としてどのような出力が生まれるかを考えることになります。 出力は本来そのシステムが機能することによって得られるものであって、そのシステムを使用する目的に関係するといえます。入力はそのシステムを機能させるために必要な手段と考えることができます。
したがって、「入力-機能-出力」は人間の価値観に関係する目的手段関係を表しているともいえます。 「システム・アプローチ」によって、システムが今どうなっているかを知り、システムの現在の状況が過去や未来にどのようにつながっているかを知ることができます。また、システムの機能を中心とした因果関係、目的手段関係を明らかにすることで、システムの意味とそのあるべき姿を明確にすることができます。
これによって、システムが抱える問題を解決するための方向性が明らかになります。