解決の方向づけとして「究極の理想解(IFR)」の概念を使う

発明問題解決アルゴリズム(ARIZ-85C)では、究極の理想解(IFR:Ideal Final Result)を公式の形で表現すると以下の通りになります(「技術難問題解決アルゴリズムARIZ-85C」、G.S.アルトシューラ著、黒澤慎輔訳)。

・X要素は、

・システムを複雑にすることや、有害な現象を引き起こすことは一切なしに、

・操作時間に

・操作空間領域において、

・ツールが確実に〈ここにツールの有益な作用を記入します〉を実行するようにしながら、

・〈問題で排除したい有害な作用を、ここに記入します〉を排除します。

・ただし、{問題状況に既存の}物質・場資源を活用することとし、システムに新たな物質やエネルギーを持ち込むことは一切してはならない。

 

究極の理想解(IFR)とは、それまで何らかのモノ(あるシステムの要素、その上位システム、あるいはその環境)が担当していた一群の機能を他のモノにそれだけで実現することを求めることです。これを実現するやり方には元のシステムからの理想化(何らかの省略)の程度が異なる以下の3つのバリエーションがあり得るといいます(「思考ツールとしての『理想性』の使い方」、A.B.クドゥリャフツェフ著、黒澤慎輔訳)。

(1)求められる質を損なわずに、あるものがそのものとして(言い換えると、通常そのために使われているシステムあるいは機構を使わないで)自ら自分自身を加工する。

(2)システムのツールが対象物の加工を続けながら(すなわち、ツールそのものの機能を果たしながら)システムの補助的な要素の機能(ツールに対するエネルギーの供給、ツールの位置取り、……)を自ら自分でやってしまう。

(3)あるシステムがそれに固有の機能を実現しながら自ら追加の機能も果たす。

 

これらをまとめると、究極の理想解(IFR)の一般的な構造は、(1)あるモノが、(2)自ら、(3)追加の機能を果たす、(4)その際、自分の機能を継続して実現する、という表現になります。

 

また、どうしても問題を解決するために何らかの要素を追加して導入する場合には、究極の理想解(IFR)の一般的な構造は、(1)あるモノ(X要素)が、(2)自ら、(3)あらかじめ特定された望ましくない作用を取り除く、(4)その際、与えられたシステムを全く複雑化しない、という表現になります。

 

これらの定義には、(1)~(3)に課題(目的)が示され、(4)にはその課題を実現する際の制約が記載されている、と考えることができます。

 

ミルクの入ったポーションパックからミルクを取り出す際の問題の例では、「手やテーブルを汚すことなく、ポーションパック内のミルクを飲み物に入れる」という課題があります。

 

ここでは、課題に関与する要素は、容器本体、蓋、接着手段(接着剤、溶着)、ミルク、飲み物(コーヒーや紅茶)といった資源があります。

 

上記4つの資源について、究極の理想解(IFR)を定義してみると、以下の通りになります。

 

IFR-1:容器本体は自らミルクを飲み物まで移動させる。その際、蓋を開封するまではミルクを外気に触れさせないことを妨げない。

 

IFR-2:蓋は自らミルクを飲み物まで移動させる。その際、蓋を開封するまではミルクを外気に触れさせない。

 

IFR-3:接着手段は自ら蓋を開け易くする。その際、蓋を開封するまではミルクを外気に触れさせない。

 

IFR-4:ミルクは自ら飲み物まで移動する。その際、蓋を開封するまではミルクを外気に触れさせない。

 

IFR-5:飲み物は自らミルクを取り入れる。その際、蓋を開封するまではミルクを外気に触れさせない。

 

究極の理想解(IFR)を実現すること、つまり、何らかの要素に新しい役割を担わせることがその要素本来の有益な機能(基本有益機能)を損なってはなりません。当然に、システム全体の主な有益機能(基本有益機能)を妨げることはあってはなりません。

 

究極の理想解(IFR)が定義できると、結果を実現する手段がわからないうちに結果そのものは見えている状態になります。また、期待される到達点が理解できることにもなり、そこに至る手段の良し悪しの判断が可能になります。

問題解決のツールとして「理想性」の概念を使う

技術に関与するモノはどれも多くの特徴・特性を持っていますが具体的な状況で人間が利用しているのはほとんどの場合そのうちごく一部でしかありません。したがって、技術に関与するモノにはいわば「予備」といえる多くの特徴・特性がありますから、私たちはシステムの種々の要素に新しい何かを期待しそれを利用する新たな可能性を見い出すことができます(「思考ツールとしての『理想性』の使い方」、A.B.クドゥリャフツェフ著、黒澤慎輔訳)。

 

この文章は、TRIZの理想性という概念が問題解決ツールとして使用できる根拠が記載されていると考えられます。

 

TRIZは世界各国の特許データベースと発明・発見の歴史に関する様々な資料を研究した結果、技術システムは理想性が増加する方向に進化するといった最も基本的な傾向を見つけ出しました。

 

この文章を言い直して、システムに含まれる有益機能の総和と有害機能の総和の比率であると定義したものが「理想性」という概念です。

 

理想性の定義で「機能」とはシステムに関連する作用、過程、操作、状態、影響などを指します(理想性という考え方は量的な概念ではなく、質的な概念です)。

 

システムの有益機能には、(1)基本有益機能(システムが生み出されることになった目的を表わす機能)、(2)副次的有益機能(基本有益機能の他にシステムがアウトプットとして提供する有益機能)、(3)補助機能(システムが基本有益機能を実現することを助ける機能)、(4)付属機能(システムを作った人々が基本有益機能に追加して目指した修正機能、制御機能、収納機能、搬送機能など)。

 

システムの有害機能には、設計のコスト、占めるスペース、発生する騒音、消費するエネルギー、維持するために必要な資源などの、システムに関連するすべての有害な要素が含まれます。

 

有害機能に着目して理想性が増加する方向を考えると、システムはより小さく、コストはより少なく、エネルギー効率はより良く、公害はより少なくなる、などの方向が予測されます。

 

理想性の程度をシステムの有益機能と有害機能との比だとする定義に基づいて考えれば、理想的なシステムとは有害機能を一切含まないシステムだと想定することができます。つまり、作るためにも、維持するために一切コストを必要としないで、エネルギーを使わず、空間を占めず、有害な廃棄物や副産物は出さない、などなどの特徴があることになります。つまり、「理想的なシステムとは、システムとして存在せず、機能だけを実現するシステムである。」といえます。

 

マーケティングの世界で古くから使われている格言に「ドリルを買いに来た人が欲しいのはドリルではなく穴である」(「マーケティング発想法」、セオドア・レビット著、土岐坤訳、ダイアモンド社発行)というものがありますが、私たちに必要なのはシステムではなく、システムの機能なのです(たとえば、自動車のハンドルが必要なのではなくて、自動車を制御する方法が必要な訳です)。これに加えて、すべての有害な作用は機能に付随するのではなく、システムに付随するのです。

 

理想的なシステムを考えるときには、(1)システムは実際には存在しなくてもいい、システムなしでやっていけるという状況をイメージする。(2)どのような機能があるからそのシステムが必要なのか、その機能(基本有益機能)を明らかにする。

 

理想性とは完全性に近い概念であり、正しい理想性は世界に一つしか存在しないということになりそうです。しかし、理想性の内容は主観的な観点、あるいは、システムや問題状況が置かれた局地的な条件に密接に関係することは明らかです。言い換えれば、私たちは局地的理想性という概念を持つことが可能です。

 

問題解決についていえば、局地的理想性は周囲から入手可能な資源の限界の中で問題を解決する私たちの能力に関係するものだと考えることができます。

 

問題解決における私たちの目標とは、既存のシステムをより理想的な状態に向かって進化させることだとわかった訳ですから、これをどのようにして行うかです。

 

理想に近い問題解決を行う一般的アプローチとは資源を活用する方法を考えることです。

Ideation TRIZと相性の良いジョブ理論

「どうすればイノベーションを成功させられるか」に応える「ジョブ理論」というものがあります。

 

ジョブ理論を構築したクレイトン・M・クリステンセンの著作物である「ジョブ理論」(訳者:依田光江、発行所:株式会社ハーパーコリンズ・ジャパン)によると、「顧客はある特定の商品を購入するのではなく、進歩するために、それらを生活に引き入れるというものだ。この『進歩』のことを、顧客が片づけるべき『ジョブ』と呼び、ジョブを解決するために顧客は商品を『雇用』するという比喩的な言い方をしている。ジョブは『ある特定の状況で人が成し遂げようとする進歩』と定義する。」と説明されています。

 

「顧客がなぜある特定の商品を買うのかという因果関係を明らかにできなければ、顧客が求める商品は開発できません。」「顧客の行動における因果関係メカニズムを理解するうえでジョブ理論が強力なツールになり、イノベーションを成功させる原動力となる。」とも説明されています。

 

これと同じことをIdeation TRIZでは因果関係ダイアグラムを作成することによって、問題状況に関する知識を整理して原因と結果の関係で結ばれた「機能-リンク-機能」の図式モデルに変えることで、視覚的(直感的)に問題状況を把握できるようにしています。

 

好ましくない状況というものは、ほとんどの場合、多数の問題が複雑に絡み合った結果として生じています。面白いことに、それぞれの問題について、解決するアプローチ、または、問題解決への可能な道筋は1つではなく複数あります。Ideation TRIZでは、これら1つ1つのアプローチ、または可能性を指し示す「指針」と呼ばれる手がかりを因果関係ダイアグラムから自動的に入手します。

 

1つの問題に対して複数の指針が得られれば、問題解決に利用可能な思考上の領域を大きく広げることができます。また、これによって良い解決策を発見できる見込みが格段に大きくなります。

 

クレイトン・M・クリステンセンによれば、「世界中の有能なイノベーターはほとんど、普通の人とは違うレンズで問題を見ている。」といいます。

 

これと同じことをIdeation TRIZのシステムアプローチでは、「問題を解決しようとする時には、(普通の人は)ほとんどの場合、問題が起こっているシステムそのものに焦点を合わせて考えます。しかし、経験を積んだ技術者は以下を視野に入れて問題を多角的にとらえようとします。」と説明しています。

 

そして、システムアプローチでは、(1)空間軸(システムの階層軸):システム、システムの構成要素である下位システム、およびシステムに関連する上位システム、(2)時間軸:システム、下位システム、および上位システムそれぞれの過去の、ならびに、予想される未来、(3)問題軸:問題の原因、問題の結果として生じる不都合、および、これらに関連するシステムの機能、(4)機能軸:システムに対する様々なインプット、システムからのアウトプット、それらの問題との関係、といった4つの観点で問題状況を体系的に分析します。

 

クレイトン・M・クリステンセンは、「ジョブを明らかにして把握できた後は、そこで得た知見を、優れたプロダクト/サービスの開発に落とし込む青写真に翻訳しなければならない。この過程に含まれるのが、ジョブを解決する上での、プロダクト/サービスに付随した体験の正しい構築法である。さらに、ジョブを一貫して捕捉できるように、最終的には社内の能力とプロセスを統合する必要がある。」といいます。

 

これは、単に革新的な商品・サービスのアイデアを出すだけではなく、考え出したアイデアを実現する商品・サービスを普及してはじめてイノベーションと呼ぶことができる、ということでしょう。

 

また、イノベーションを成功させるという観点では、社内の組織やイノベーションを推進するプロセスをもジョブを中心とした体制が必要であると、ということです。