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6月 20 2017

新製品開発とイノベーションの変遷

今までにない機能を実現する新しい技術が発明され、その新しい技術を使った新製品が市場に投入される(急進的イノベーション)と、最初に新しいものが好きな人がその新製品を使い始めます(Sカーブの導入期)。

 

上市されたばかりの新製品は最低限の基本機能しか組み込まれていませんが、今までできなかったことができるので、新しいものが好きな人はそれでも満足しています。

 

無事市場投入ができた後は、より多くの消費者に使用してもらうために、基本機能の性能向上や使い勝手の向上を目的とした補助機能を付加した次期製品を投入します。さらに、基本機能の性能には直接関係のない快適性などを提供する付属機能を付加した製品を投入することで更なる市場拡大を狙います(Sカーブの成長期)。

 

そして、広告や口コミでその新製品を知った一般の多くの消費者がその新製品を受け入るようになると、新製品の普及とともに私たちの生活が変化していきます。多くの一般消費者が使用するようになることで、売上が急上昇することになりますが、反面多くの企業がその市場に参入してきて企業間の技術競争が激しくなっていきます(Sカーブの成長期)。

 

新製品開発が成功した場合には、以上のような製品のライフサイクル(Sカーブ)をたどります。

 

ところで、技術主導型の新製品開発はその成功率が低いため、技術開発型の企業であっても、現在ではマーケティング主導の製品企画から始めることが多いといえます。

 

マーケティング主導の製品企画では、まず、多額の金をかけて市場調査を行い「顧客の声(VOC)」を集めます。集められた顧客の声は、統計分析を行い、その中から顧客の欲している機能を選んで優先順位をつけます。次に、顧客の欲している機能の重要度に合わせて品質機能展開(QFD)を使って、顧客の要求機能を製品の技術仕様に落とし込むことで、新製品の構想設計を行うといった開発手法が採用されています。

 

このような科学的方法を使うことで、どの会社も現在の顧客ニーズに基づいた確度の高い製品が企画できることになります。その結果、そこそこの売上が見込める新製品が完成します。

 

しかしながら、科学的方法を採用した結果、どの会社も同じような仕様の製品を完成することになるため、市場ではすぐにコモディティ化が起きてしまい、早々一般の製品と同様に価格競争に巻き込まれることになり、売上が伸びない状況に陥ることになり兼ねません(Sカーブの成熟期)。

 

そのような中、他社製品との差別化を図るために次々と新しい機能を追加するといった技術競争をしている(漸進的イノベーション)と、そのうち思わぬ新規参入企業が基本機能だけを組み込んだ低価格製品を市場に投入してきて(破壊的イノベーション)、自社の「性能が良くて使い勝手が良い高機能」の製品がほとんど売れなくなるという状況が生じます(Sカーブの衰退期)。

 

日本の家電業界の多くの新製品開発が、このような漸進的イノベーションと破壊的イノベーションによる現象に手を焼いているのではないでしょうか。

 

マーケティング主導の製品企画が盛んなときは、「顧客は製品を買うのではない。製品の機能を買うのである。」といわれていました。そのため、顧客が要求する機能を実現するための製品を開発しました。そもそも技術開発とは今欲しいと思っている機能をコストパフォーマンス良く実現するのが使命であるから、それ以上のことは責任範囲外のこととなる。

 

実は、顧客が今欲しいと思っている機能を実現することを目的とした開発自体が誤っていたのではないか、と考えられないだろうか。今は欲しいとは思っていないが将来必ず欲しいと思うようになる顧客の意味的価値(未来価値:暗黙知)を実現する新製品を開発すべきだったのでないだろうか。

 

アップルのiPod、iPhone、iPadは、顧客が感動するような外観と操作性を提供することで、他を寄せ付けない地位を確保しました。スティーブ・ジョブスは顧客の求める意味的価値をズバリ捉えた新製品開発をしていた(デザイン・ドリブン・イノベーション)としかいいようがありません。

 

顧客が求める価値が多様化している現在では、「人々は、実利的な理由だけではなく、深い感情的な理由や、心理的・社会文化的な理由からモノを買う。つまり、人々は製品を買うのではなく、その意味を買っている」という。デザイン・ドリブン・イノベーションを提唱するベルガンティの言葉です。

 

顧客の求める意味的価値は、顧客自身が気づいていないので「顧客の声」を聞くだけでは把握できません。そのため、VOCとQFDを駆使して完成した新製品は顧客の求める意味的価値とは無関係のものになっている恐れがあります。

 

技術者も一消費者であるわけですから、顧客が求める意味的価値にたどり着ける可能性はあるはずです。技術者自信が将来の顧客になりきれば、顧客が求める意味的価値を共感できるのではないでしょうか。「何が幸せか」を顧客の身になって考えることでしか、人の将来の新しい生活習慣や振る舞いを感じることができないのではないでしょうか。

 

未来の顧客は、「どんな暮らしを理想の暮らしとして掲げるか」、その「暮らしはいかにあるべきか」という理想のイメージの違いや、その理想に近づくためにどのような経路をたどろうとしているか。その違い、それがまさに各社会の文化や顧客のライフスタイルの違いなのです。新製品で新しい市場をつくるという行為は、否応なしに、新しい文化を開発するということになります。

 

デザイン・ドリブン・イノベーションは、顧客中心のいわゆる「マーケット・プル」の範疇に入るものではありません。顧客が求める意味を洞察し、それを独自の技術で実現することで文化を開発する、「意味×技術」のハイブリッド・イノベーションです。

 

日本の自動車業界は家電業界とは違い、比較的堅調な業績を上げているといえるのではないでしょうか。それは、トヨタ、ホンダ、マツダなどでは、「製品毎の開発責任者」が製品の企画から設計までをコントロールする「チーフ・エンジニア」制度を採用しており、その責任者を中心としたチーム全体の洞察力と技術開発力が功を奏しているのではないでしょうか。

 

日本の家電業界が苦戦している中で、売れる家電を出し続けているダイソンには、「消費者調査に頼らない」「広告宣伝費より技術開発に投資」「安売りはしない」という3原則があるといいます。

 

私たちはスティーブ・ジョブスやジェームズ・ダイソンのような天才技術者にはなれませんが、彼らのように「顧客の求める意味的価値」を洞察し、それを自社独自の技術(芸術的センス)で実現するといったデザイン・ドリブン・イノベーション型の「製品企画開発」に取り組む技術者にはなれるでしょう。