私たちは、本を読んだり、セミナーに参加したりして、自分の行動に役立つ他人の知識を獲得しようとします。その結果、「それは知っています。」、「それはわかっています。」という言葉を口には出さないまでも、頭の中で思う場合がよくあります。それは、自分自信の頭の中にある知識を確認しているわけです。
しかしながら、敢えてそのような知識の確認をするということは、裏を返せば、その知識を活用して、未だ自分が何か行動を起こさなかった事実を確認していることになります。その必要性がなかった、といえば聞こえはいいのですが、その必要性に気づかなかったわけです。本当に必要な場面があれば、その知識を使っていたでしょう。
情報社会といわれて久しい知識社会の今、単に豊富な知識を持っていることを自慢しても何にもなりません。インターネットで検索すれば、それらの知識についての解説をたくさん見つけられるでしょう。新しい知識を獲得する意味は、その知識を活用して新しい価値を創造するために具体的な行動を起こすようでなければなりません。昔なら知識の切り売りで対価が得られたこともあったでしょうが、知識社会では、知識は使われなければ、価値を生み出せないものなのです。
たくさんの問題を抱えながら問題解決が追いつかないといった状況は、技術や経済の成長期の出来事です。欲しいものがないという技術や経済の成熟期にあっては、どんな商品を作ったらいいか、どんなサービスを提供したらいいかがわからないという問題を抱えることになります。
知識社会の次には知恵社会がきます。知恵社会では、消費者自身が気づいていない次世代に求められる商品やサービスを提案できる能力が企業または企業人に求められます。
新しい知識を獲得したら、その新しい知識を既存の知識と組み合わせて次世代の商品やサービスを作るとともに、それらを提供するための知恵も出せなければなりません。
ipodは大容量のHDDを搭載するようにして、自宅にあるたくさんの音楽を取り込んで持ち歩き、聴きたいときに聴きたい音楽を選択して聴けるようにしました。ipodだけがあればいいのかというと、実はそうではありません。たくさんの音楽をパソコンに取り込んで一元管理するitunesというソフトウェアが必要なわけです。さらに、1曲ごとに安価な値段でインターネットからダウンロードできるiTMSという音楽販売システムとの連携を可能にしました。これらのすべてが整っているから、今までにない音楽を楽しむ環境を構築し提案したわけです。ここが最も重要な点なのです。
単に知恵が出せればいいかというと、そうではありません。知恵によって生み出した新しい商品やサービスのアイデアを実現(具現化)しなければ何も変わりません。