オペレータ・システムの誕生とその効用

TRIZのツールには、(1)問題自体を見直して問題説明文を変更するのに役立つ「分析ツール」と(2)システムを変容する方法を推奨する「ナレッジベース・ツール」の2種類があります。

 

一般的な発明者は問題解決をする場合に、システムを変更することで問題を排除しようとします。しかし、問題解決に関係する構成要素には、(1)問題自体と(2)問題が存在するシステムの2つがあり、経験豊富な発明者は、難問に直面した場合に、問題そのものを疑ってかかります。

 

アイディエーション・インターナショナル社は「分析ツール」と「ナレッジベース・ツール」の両方について新しいシステムを提案していますが、ここでは、「ナレッジベース・ツール」について説明することにします。

 

イノベーション価値のレベル3として考えられていたTRIZの「統合イノベーション・ナレッジベース」ですが、コンピュータが普及していなかったため、アルトシューラが活躍していた古典的TRIZの時代には完成されませんでした。

 

ちなみに、前回紹介したように、レベル0は、技術分野別に分類された特許情報です。レベル1は発明の代表的な事例を整理した発明カードファイルです。レベル2はいろいろな観点で発明の本質を抽出して一般化した法則集(発明原理、分離原則、標準解、効果集など)です。

 

アイディエーション・インターナショナル社が開発したInnovation WorkBench(IWB)というソフトウェアに組み込まれている「オペレータ・システム」は、古典的TRIZの「40の発明原理」「分離原則」「76の発明標準解」「工学的効果集」などに含まれるあらゆる推奨を含む統合された「ナレッジベース・ツール」です。

 

創造的なシステムの変容のための手段としての特徴を備えた「オペレータ」には、以下のような効用があります。

(1)心理的惰性を克服するのに役立つ(例:オペレータ「反転」は、車両から氷結した砂を降ろすのに、それを加熱するのではなく、過剰に冷却する際に適用される)。

(2)問題の対する別の見方を提供する(例:その重量を減らそうとするよりも、滑りやすいパッドを使うことによって、重たい物体の運搬を容易なものとする)。

(3)それが明らかにされる前に、典型的な潜在的矛盾または二次的な問題の解決策を提供する(例:部分的に非対称的にすることは、機械的強度が犠牲になるという非常に可能性の高い結果をもたらされることなく、重量を減らすのに役立つ)。

(4)問題を解決するための典型的な資源を提供する(例:利用できる物質を活用することは、腐食試験用の容器の必要性を排除するために、試料で酸の容器を作ることを提案している)。

(5)進化ステップを提案する(例:「ダイナミック性」はシステムをより普遍的にし、新しいシステムの発生を表わしている)。

 

「オペレータ・システム」は網状の構造を有し、TRIZ専門家の考え方をモデル化した関連連鎖が事前に構築されたソフトウェアに組み込まれているので、経験豊富なTRIZ専門家のように効果的な思考ができるようになっています。

 

たとえば、過熱から物体を守る方法を見つけなければならないという問題があったとしよう。ある「オペレータ」は、過剰な熱を取る物質を導入することを推奨しており、一つの解決策が見つかります。しかしながら、経験豊富なTRIZ専門家であれば、この解決策では追加の物質をシステムに導入しなければならず、複雑性が増すことになるので、これが理想解でないことに気づきます。そこで、より理想的なものとするために、物質を導入することなくその物質を導入する、あるいは少なくともその物質が機能を果たしたらすぐに引き出すといった、いわゆる「スマート」な方法を検討するはずです。そして次のステップは、物質を抜き出す方法を検討することになるでしょう。

 

物質の抜き出しを容易にする一つの方法は、物質を可動状態、つまり気体状、流体状、粒子状などにすることです。気体状態が有望であるとすれば、移相(たとえば、蒸発)、燃焼、化学反応などのこの必要な変容を達成する方法を検討することができます。

 

これで、解決策がかなり明確になりました。物体を過熱から守る一方で簡単に消える(蒸発する)物質を導入するのです。こうした考え方によって理想性と実行可能性が高まる方向で当初のアイデアを改良できることになります。

TRIZの基礎と歴史

アルトシューラは1940年代に、創造性に対して信頼性の低い、繰り返すことのできない、個性に依存する「心理学的なアプローチ」を採用することを拒否しました。

 

TRIZと他の創造技法との違いを強調するために、アルトシューラは「TRIZは心理学よりも技術に基づいている」といいました。

 

アルトシューラは、「心理学的なアプローチ」を拒否して、特許資料や人類の革新的な経験を文書化した他の技術資料源から技術における創造性の成果(発明)を分析する「発明的なアプローチ」を採用したのです。

 

最も成功した発明に関する発明上の慣行に関する知識を蓄積し、そこから(1)発明上の問題の定義、(2)発明のレベル、(3)発明のパターン、(4)技術進化のパターン、というTRIZの基礎的な知識を築き上げました。

 

アルトシューラは、同じような問題(矛盾)が異なる技術分野の間で対処されていることに気づきました。

 

・給油と同時に気化したガソリンを回収

・ジェット機の燃料の液体水素と酸化剤の液体酸素の断熱

・列車のドアのデザイン

・クレーンの電磁石グリッパ

 

以上の問題はいずれも、一つの対象物を他の物体に入れ、それを更に他の物体に入れることで、空間を有効に使用できないかといった問題を解決しています。

 

こうした発明は、異なる技術分野で、異なる時代に発生しています。その上、こうした発明を特徴づける基本的な問題(矛盾)は同じであり、同じ方法で解決されています。後の発明者が以前の解決策を知っていれば、彼らの仕事がずっと簡単であったことは明らかです。しかし残念ながら、学際的な障壁がこうした知識の交換を実質的に不可能にしています。

 

アルトシューラは、発明に関する知識を、あらゆる技術分野の発明者が簡単に利用できる方法で抽出して整理し、一般化することが可能であると考えました。そして、世界で最初の「イノベーション・ナレッジベース」を誕生させました。

 

特許資料は特許分類に従って分類されており、前述したクレーンの電磁石グリッパの問題を解こうとしている発明者がガソリンの給油に採用されている解決策を見つけ出す可能性はゼロに近いといえます。この場合の特許資料のデータベースは、発明者にとってのイノベーション価値はレベル0といえます。

 

これに対して、アルトシューラの最初の「イノベーション・ナレッジベース」はカードファイルとして始まりましたが、給油と同時に気化したガソリンを回収の発明が多くの技術分野にわたるいくつもの同様の発明に対応しており、それらは同様の問題に取り組む後続の発明者にとって、効果的な事例であると考えられます。

 

アルトシューラは、何百万もの発明から、異なる技術分野に同様の発明を見つけることのできる代表的な発明であって、低コストで多大な効果をもたらす数千程度の発明に選別しました。これらを発明の代表事例として整理したカードファイルは、イノベーション価値としてはレベル1といえるでしょう。

 

その後他のTRIZ専門家もアルトシューラに従って、発明カードファイルをまとめ、そこに含まれる情報をお互いに交換し始めるようになりました。

 

しかしながら、この発明カードファイルは、選択したイノベーションを利用する際の検索方法がありませんでした。つまり、一見関係ないと見える他の技術分野の発明を自分の問題に適用できないかどうかを認識する手段が求められていました。

 

そこで、各発明の本質を抽象化(一般化)し、特定の技術分野に関連した詳細を省略することにより、たとえば、前述の4つの発明はすべて「一つの対象物を他の物体に入れ、それを更に他の物体に入れることで、対象物の内側にある空間を有効に使用する。」というように、より一般的な原則の発明としてまとめることが考えられました。

 

このアプローチの結果「40の発明原理」「76の標準解」「工学的効果集」といった、イノベーション価値がレベル2の「イノベーション・ナレッジベース・ツール」を完成させました。

 

「40の発明原理」は特定の順序を持たない参照リストでしたが、必要とする発明原理を参照するための検索ツールとして、技術的矛盾表が作成されました。同様に、「工学的効果集」には機能一覧表が作成されました。

 

「76の標準解」は、最初から問題のタイプや望まれる改善に従って構造化されているので発明者にはわかりやすいものでしたが、事前に使用する「物質―場分析」が馴染みにくいのが欠点でした。

 

次の論理的ステップとしては、イノベーション価値のレベル3として、参照するすべての発明情報が1つにまとめられた「統合イノベーション・ナレッジベース」が完成することでしたが、コンピュータのない時代には無理でした。

 

その代わりに、レベル1とレベル2のツールの発展と並行して、最も強力な「イノベーション・ナレッジベース・ツール」として、イノベーション価値がレベル4といえる「技術進化のパターン」の開発が始まりました。

次世代の事業の柱になり得る研究開発テーマの創出

技術開発のコンサルをしていると、クライアントが抱えているいろいろな問題について相談を受ける機会がありますが、その中で最も大きな課題は「知財戦略や研究開発戦略」と「研究開発のテーマ」の策定方法についてです。

 

実は、これらは互いに密接に関係している内容であって、管理職や経営者の方々からは「筋のいい研究開発の企画やテーマが出てこない」という話を聞きますし、現場の企画や技術開発の担当者からは「提案する企画やテーマがことごとく却下される」という話を聞きます。

 

そもそも、日本の多くの会社では、「知財戦略や研究開発戦略」を考える以前に、自社のビジョン(理念)が全社的に理解されていないことが問題だと思います。

 

ビジョンが将来の見通しである以上、会社は今まで誰も実現できていない内容に取り組むことを掲げているはずです。そのようなビジョンを実現するには、独自性のある研究開発テーマやそれに関連するアイデアを尊重して発展させる企業文化がなければなりません。そして、独自性の強い研究開発テーマを高く評価する仕組みがなければいけません。

 

もし、そのような仕組みがなければ、それを作らなければなりません。それには、研究開発テーマを絞り込んでいく「ステージゲート法」とは正反対の思考が必要になるでしょう。

 

従来の日本の製造業が行なっていた品質、コスト、納期への弛まぬ努力は、顧客ニーズに対応した既存製品の改良改善を繰り返すことで市場を獲得することを目指したもの(漸進的イノベーション)です。

 

それは、成長期にあった日本にとっては大切なことでしたが、成熟期を迎えた現在の日本が再び成長・発展をしていくには、経済を活性化するために必要となる企業の中長期的に達成・持続可能な経済成長率を高めることが必要になります。

 

そのためには、技術的価値と、ライフスタイルを変えるような意味的価値の両方を進化させるような急進的イノベーションが求められます。

 

従来のように、競合と同じ商品の企画を続ければ、回避すべき競合の特許が存在していることになるため開発が難しくなり、公知技術が多くあるため特許は取りづらくなります。特許が取れたとしても権利範囲の狭い特許しか取れないことになります。

 

市場で優位な立場を築きたいのであれば、市場に出たときに競争にならないことが必要であり、そのためには、競合がやっていないことに取り組む必要があります。

 

大した特許が取れない理由は、そもそも技術力が低いからです。技術力は、研究開発テーマ(目的)と問題解決力(手段)で決まります。技術力を高めるには、研究開発テーマか問題解決力のいずれかに独自性があることが条件になります。

 

マーケティングの神様であるフィリップ・コトラーによれば、企業の成長戦略として、独自の顧客価値が提供できること(差別化戦略)、同じものを安く作れる独自技術があること(コスト・リーダーシップ戦略)、が必要であるといいます。これらの独自性の基準をクリアするには、取り組んでいる研究開発テーマが誰もやっていないことを、特許情報を対象とした先行技術調査を実施して証明することが必要です。

 

イノベーションにつながる研究開発テーマとしては、現在の主要プレーヤーが市場から退場しなければならないほどの業界構造に変化を起すものが必要です。それは、自社の技術だけでは太刀打ちできないテーマです。自ら思い描く理想的な姿(ビジョン)を実現するためには、他社の技術を取り込みつつ、原材料調達・生産管理・物流・販売までのサプライチェーンにいる他社を巻き込むことが必要になります。

 

次世代の事業の柱を考えるのであれば、目線を1つ上げて、産業の目線で事業を考えないと事業を考えることにはならないことを認識すべきである。この技術は一体どういう産業を生み出すだろうか、どういう産業にインパクトを与えるだろうかという話を自分たちで考えるべきである(「なぜ技術経営はうまくいかないか」、時吉康範著、日本経済新聞社発行)、といわれています。

 

研究開発部門に独自性の高い技術を作る仕組みを構築するのには、アイディエーション・インターナショナル社が開発した次世代商品・サービスの企画手法であるDE(Directed Evolution®)が最適です。社会トレンド、市場トレンド、技術トレンドなどのマクロトレンドや人工システムの進化パターン・ラインといった具体的な法則性がデーターベース化されており、その先人の知恵を参考にして、次世代の事業の柱になり得る研究開発テーマを探索し、次世代商品・サービスのコンセプトを完成させることができます。

 

5月末までDE(Directed Evolution®)のWebアプリケーションが無料で使用できますので、是非この機会にお試しください。

 

古典的TRIZと比較したIdeation TRIZのシステムアプローチの意義

Ideation TRIZの「システムアプローチ」は、問題が起こっているシステムをいろいろな観点で観察するための手法であって、日本語では「多観点分析」や「多次元分析」といいます。

 

問題を解決しようとするときには、私たちはほとんどの場合、問題が起こっているシステムそのものに焦点を合わせて考えようとします。しかし、経験を積んだ技術者は対象を複数の視点から同時に見つめることで、革新的な成果をもたらします。

 

問題状況の予備的分析の段階で「システムアプローチ」を使うことで、私たちも経験を積んだ技術者のように視野を広げることができます。

 

「システムアプローチ」では、(1)システムの構造と環境を観察する「システム階層軸」、(2)システムの使用状況や歴史、理想を観察する「時間軸」、(3)起きている問題の原因や結果を観察する「問題軸」、(4)システムの必要条件、機能、成果を観察する「機能軸」、といった4つの観点で問題の状況を体系的に分析することになります。

 

しかしながら、問題が複雑な場合には、これらのすべてを一遍に考慮に入れるのは面倒であり、かなりの時間がかかりますので、研究者、技術者からは敬遠されがちです。

 

古典的TRIZには、下位システム、システム、上位システムという「空間軸」と過去、現在、未来という「時間軸」を組み合わせた9つの画面を使って問題の状況を分析する「システム・オペレータ」(9画面法)という手法があります。

 

「システム・オペレータ」では、空間軸と時間軸とで出来上がる(1)過去×下位システム、(2)過去×システム、(3)過去×上位システム、(4)現在×下位システム、(5)現在×システム、(6)現在×上位システム、(7)未来×下位システム、(8)未来×システム、(9)未来×上位システム、の9つの画面を設定してその中を観察することになります。

 

「システム・オペレータ」の基本形は9画面ですので、人間の頭脳にやさしいボリュームです。これなら、研究者、技術者にも使ってみようかと思ってもらえます。

 

「システム・オペレータ」の「空間軸」と「時間軸」とは「システムアプローチ」の「システム階層軸」と「時間軸」に相当しますので、現実の世界での物事の状態を知るために、実践で9画面をよく使います。

 

「システムアプローチ」の「機能軸」と「問題軸」は、現実の世界で起きている物事の意味を理解するのに都合のよい観点であって、目的手段関係と原因結果関係を明らかにするためのものです。Ideation TRIZでは、「因果関係ダイアグラム」を作成する工程がこの作業に相当します。

 

「機能軸」では、システムに対する様々な入力、システムからの出力、それらの問題との関係を観察した結果を「入力(手段)」⇒「機能」⇒「出力(目的)」といった連鎖で表現します。

 

「問題軸」では、問題の原因、問題の結果として生じる不都合、および、これらに関連するシステムの機能を観察した結果を「原因」⇒「問題」⇒「結果」といった連鎖で表現します。

 

「機能軸」という観点でシステムを観察することで、システムを作るときに採用した手段(入力)が、今までにない有益な機能を生じ、その有益な機能の結果としてシステムの当初の目的(出力)が実現できていることがわかります。

 

「問題軸」という観点でシステムを観察することで、システムを作るときに採用した手段(原因)が、問題(有害な機能)を生じ、その問題の結果として思わぬ不都合を生じていることがわかります。

 

つまり、「システムアプローチ」の「機能軸」と「問題軸」の観点で問題を起こしているシステムを観察すると、システムの本来の目的と問題が発生するメカニズムが明らかになります。

 

問題が発生するメカニズムがわかると、システムで起きている問題の本質(一つの特性を改良しようとすると何らかの他の特性が悪化してしまう状況(TRIZではこれを技術的矛盾という)、または、一つの特性についての反対方向の二つの要求が求められる状況(TRIZではこれを物理的矛盾という))が明らかになります。

 

問題の本質(矛盾)を正しく把握することは困難な問題を解決する上での要点ですので、問題が起きているシステムについて「空間軸」と「時間軸」で分析した「9画面」と、「機能軸」と「問題軸」で分析した「因果関係ダイアグラム」が作成できれば、自ずと問題解決の道が見えることになります(少なくとも、取り組むべき課題が明らかになります)。

解決の方向づけとして「究極の理想解(IFR)」の概念を使う

発明問題解決アルゴリズム(ARIZ-85C)では、究極の理想解(IFR:Ideal Final Result)を公式の形で表現すると以下の通りになります(「技術難問題解決アルゴリズムARIZ-85C」、G.S.アルトシューラ著、黒澤慎輔訳)。

・X要素は、

・システムを複雑にすることや、有害な現象を引き起こすことは一切なしに、

・操作時間に

・操作空間領域において、

・ツールが確実に〈ここにツールの有益な作用を記入します〉を実行するようにしながら、

・〈問題で排除したい有害な作用を、ここに記入します〉を排除します。

・ただし、{問題状況に既存の}物質・場資源を活用することとし、システムに新たな物質やエネルギーを持ち込むことは一切してはならない。

 

究極の理想解(IFR)とは、それまで何らかのモノ(あるシステムの要素、その上位システム、あるいはその環境)が担当していた一群の機能を他のモノにそれだけで実現することを求めることです。これを実現するやり方には元のシステムからの理想化(何らかの省略)の程度が異なる以下の3つのバリエーションがあり得るといいます(「思考ツールとしての『理想性』の使い方」、A.B.クドゥリャフツェフ著、黒澤慎輔訳)。

(1)求められる質を損なわずに、あるものがそのものとして(言い換えると、通常そのために使われているシステムあるいは機構を使わないで)自ら自分自身を加工する。

(2)システムのツールが対象物の加工を続けながら(すなわち、ツールそのものの機能を果たしながら)システムの補助的な要素の機能(ツールに対するエネルギーの供給、ツールの位置取り、……)を自ら自分でやってしまう。

(3)あるシステムがそれに固有の機能を実現しながら自ら追加の機能も果たす。

 

これらをまとめると、究極の理想解(IFR)の一般的な構造は、(1)あるモノが、(2)自ら、(3)追加の機能を果たす、(4)その際、自分の機能を継続して実現する、という表現になります。

 

また、どうしても問題を解決するために何らかの要素を追加して導入する場合には、究極の理想解(IFR)の一般的な構造は、(1)あるモノ(X要素)が、(2)自ら、(3)あらかじめ特定された望ましくない作用を取り除く、(4)その際、与えられたシステムを全く複雑化しない、という表現になります。

 

これらの定義には、(1)~(3)に課題(目的)が示され、(4)にはその課題を実現する際の制約が記載されている、と考えることができます。

 

ミルクの入ったポーションパックからミルクを取り出す際の問題の例では、「手やテーブルを汚すことなく、ポーションパック内のミルクを飲み物に入れる」という課題があります。

 

ここでは、課題に関与する要素は、容器本体、蓋、接着手段(接着剤、溶着)、ミルク、飲み物(コーヒーや紅茶)といった資源があります。

 

上記4つの資源について、究極の理想解(IFR)を定義してみると、以下の通りになります。

 

IFR-1:容器本体は自らミルクを飲み物まで移動させる。その際、蓋を開封するまではミルクを外気に触れさせないことを妨げない。

 

IFR-2:蓋は自らミルクを飲み物まで移動させる。その際、蓋を開封するまではミルクを外気に触れさせない。

 

IFR-3:接着手段は自ら蓋を開け易くする。その際、蓋を開封するまではミルクを外気に触れさせない。

 

IFR-4:ミルクは自ら飲み物まで移動する。その際、蓋を開封するまではミルクを外気に触れさせない。

 

IFR-5:飲み物は自らミルクを取り入れる。その際、蓋を開封するまではミルクを外気に触れさせない。

 

究極の理想解(IFR)を実現すること、つまり、何らかの要素に新しい役割を担わせることがその要素本来の有益な機能(基本有益機能)を損なってはなりません。当然に、システム全体の主な有益機能(基本有益機能)を妨げることはあってはなりません。

 

究極の理想解(IFR)が定義できると、結果を実現する手段がわからないうちに結果そのものは見えている状態になります。また、期待される到達点が理解できることにもなり、そこに至る手段の良し悪しの判断が可能になります。

問題解決のツールとして「理想性」の概念を使う

技術に関与するモノはどれも多くの特徴・特性を持っていますが具体的な状況で人間が利用しているのはほとんどの場合そのうちごく一部でしかありません。したがって、技術に関与するモノにはいわば「予備」といえる多くの特徴・特性がありますから、私たちはシステムの種々の要素に新しい何かを期待しそれを利用する新たな可能性を見い出すことができます(「思考ツールとしての『理想性』の使い方」、A.B.クドゥリャフツェフ著、黒澤慎輔訳)。

 

この文章は、TRIZの理想性という概念が問題解決ツールとして使用できる根拠が記載されていると考えられます。

 

TRIZは世界各国の特許データベースと発明・発見の歴史に関する様々な資料を研究した結果、技術システムは理想性が増加する方向に進化するといった最も基本的な傾向を見つけ出しました。

 

この文章を言い直して、システムに含まれる有益機能の総和と有害機能の総和の比率であると定義したものが「理想性」という概念です。

 

理想性の定義で「機能」とはシステムに関連する作用、過程、操作、状態、影響などを指します(理想性という考え方は量的な概念ではなく、質的な概念です)。

 

システムの有益機能には、(1)基本有益機能(システムが生み出されることになった目的を表わす機能)、(2)副次的有益機能(基本有益機能の他にシステムがアウトプットとして提供する有益機能)、(3)補助機能(システムが基本有益機能を実現することを助ける機能)、(4)付属機能(システムを作った人々が基本有益機能に追加して目指した修正機能、制御機能、収納機能、搬送機能など)。

 

システムの有害機能には、設計のコスト、占めるスペース、発生する騒音、消費するエネルギー、維持するために必要な資源などの、システムに関連するすべての有害な要素が含まれます。

 

有害機能に着目して理想性が増加する方向を考えると、システムはより小さく、コストはより少なく、エネルギー効率はより良く、公害はより少なくなる、などの方向が予測されます。

 

理想性の程度をシステムの有益機能と有害機能との比だとする定義に基づいて考えれば、理想的なシステムとは有害機能を一切含まないシステムだと想定することができます。つまり、作るためにも、維持するために一切コストを必要としないで、エネルギーを使わず、空間を占めず、有害な廃棄物や副産物は出さない、などなどの特徴があることになります。つまり、「理想的なシステムとは、システムとして存在せず、機能だけを実現するシステムである。」といえます。

 

マーケティングの世界で古くから使われている格言に「ドリルを買いに来た人が欲しいのはドリルではなく穴である」(「マーケティング発想法」、セオドア・レビット著、土岐坤訳、ダイアモンド社発行)というものがありますが、私たちに必要なのはシステムではなく、システムの機能なのです(たとえば、自動車のハンドルが必要なのではなくて、自動車を制御する方法が必要な訳です)。これに加えて、すべての有害な作用は機能に付随するのではなく、システムに付随するのです。

 

理想的なシステムを考えるときには、(1)システムは実際には存在しなくてもいい、システムなしでやっていけるという状況をイメージする。(2)どのような機能があるからそのシステムが必要なのか、その機能(基本有益機能)を明らかにする。

 

理想性とは完全性に近い概念であり、正しい理想性は世界に一つしか存在しないということになりそうです。しかし、理想性の内容は主観的な観点、あるいは、システムや問題状況が置かれた局地的な条件に密接に関係することは明らかです。言い換えれば、私たちは局地的理想性という概念を持つことが可能です。

 

問題解決についていえば、局地的理想性は周囲から入手可能な資源の限界の中で問題を解決する私たちの能力に関係するものだと考えることができます。

 

問題解決における私たちの目標とは、既存のシステムをより理想的な状態に向かって進化させることだとわかった訳ですから、これをどのようにして行うかです。

 

理想に近い問題解決を行う一般的アプローチとは資源を活用する方法を考えることです。

Ideation TRIZと相性の良いジョブ理論

「どうすればイノベーションを成功させられるか」に応える「ジョブ理論」というものがあります。

 

ジョブ理論を構築したクレイトン・M・クリステンセンの著作物である「ジョブ理論」(訳者:依田光江、発行所:株式会社ハーパーコリンズ・ジャパン)によると、「顧客はある特定の商品を購入するのではなく、進歩するために、それらを生活に引き入れるというものだ。この『進歩』のことを、顧客が片づけるべき『ジョブ』と呼び、ジョブを解決するために顧客は商品を『雇用』するという比喩的な言い方をしている。ジョブは『ある特定の状況で人が成し遂げようとする進歩』と定義する。」と説明されています。

 

「顧客がなぜある特定の商品を買うのかという因果関係を明らかにできなければ、顧客が求める商品は開発できません。」「顧客の行動における因果関係メカニズムを理解するうえでジョブ理論が強力なツールになり、イノベーションを成功させる原動力となる。」とも説明されています。

 

これと同じことをIdeation TRIZでは因果関係ダイアグラムを作成することによって、問題状況に関する知識を整理して原因と結果の関係で結ばれた「機能-リンク-機能」の図式モデルに変えることで、視覚的(直感的)に問題状況を把握できるようにしています。

 

好ましくない状況というものは、ほとんどの場合、多数の問題が複雑に絡み合った結果として生じています。面白いことに、それぞれの問題について、解決するアプローチ、または、問題解決への可能な道筋は1つではなく複数あります。Ideation TRIZでは、これら1つ1つのアプローチ、または可能性を指し示す「指針」と呼ばれる手がかりを因果関係ダイアグラムから自動的に入手します。

 

1つの問題に対して複数の指針が得られれば、問題解決に利用可能な思考上の領域を大きく広げることができます。また、これによって良い解決策を発見できる見込みが格段に大きくなります。

 

クレイトン・M・クリステンセンによれば、「世界中の有能なイノベーターはほとんど、普通の人とは違うレンズで問題を見ている。」といいます。

 

これと同じことをIdeation TRIZのシステムアプローチでは、「問題を解決しようとする時には、(普通の人は)ほとんどの場合、問題が起こっているシステムそのものに焦点を合わせて考えます。しかし、経験を積んだ技術者は以下を視野に入れて問題を多角的にとらえようとします。」と説明しています。

 

そして、システムアプローチでは、(1)空間軸(システムの階層軸):システム、システムの構成要素である下位システム、およびシステムに関連する上位システム、(2)時間軸:システム、下位システム、および上位システムそれぞれの過去の、ならびに、予想される未来、(3)問題軸:問題の原因、問題の結果として生じる不都合、および、これらに関連するシステムの機能、(4)機能軸:システムに対する様々なインプット、システムからのアウトプット、それらの問題との関係、といった4つの観点で問題状況を体系的に分析します。

 

クレイトン・M・クリステンセンは、「ジョブを明らかにして把握できた後は、そこで得た知見を、優れたプロダクト/サービスの開発に落とし込む青写真に翻訳しなければならない。この過程に含まれるのが、ジョブを解決する上での、プロダクト/サービスに付随した体験の正しい構築法である。さらに、ジョブを一貫して捕捉できるように、最終的には社内の能力とプロセスを統合する必要がある。」といいます。

 

これは、単に革新的な商品・サービスのアイデアを出すだけではなく、考え出したアイデアを実現する商品・サービスを普及してはじめてイノベーションと呼ぶことができる、ということでしょう。

 

また、イノベーションを成功させるという観点では、社内の組織やイノベーションを推進するプロセスをもジョブを中心とした体制が必要であると、ということです。

TRIZを技術開発に活用する進化の過程

Ideation TRIZの基本的なソフトウェアはIWB(Innovation WorkBench®)ですが、Ideation TRIZの集大成ともいえるソフトウェアはDE(Directed Evolution®)というものになります。

 

DEでは、次世代の商品やサービスを開発するような場合に有効な「進化パターン、ライン」といったツールを使用します。DEには、(1)進化の諸段階、(2)理想性の向上、(3)要素の不均衡進化(矛盾)、(4)柔軟性と制御性の増加、(5)複雑化後簡素化、(6)要素間の対応と非対応、(7)ミクロ化と階層化、(8)人の関与の減少、という8種類の進化パターンについて説明がされています。

 

「進化パターン」のほとんどについて、そのパターンに沿ってシステムが変化していく中で順次経過していく典型的な段階を示す「進化ライン」を認めることができ、DEのソフトウェアでは、約250種類の進化ラインについての解説があります。

 

「人の関与の減少」という進化パターンの中には、「人工システムへの関与が減少する過程における知的要素の排除」というタイトルの進化ラインがあります。

 

この進化ラインを使って、TRIZを技術開発に活用する場合の進め方を考えてみましょう。

 

一昔前(日本のTRIZ導入の第一世代)には、日本でもトップダウン方式でTRIZを導入していた会社がいくつもありましたが、今ではその陰もありません。

 

皆さんの会社でも各事業部単位でバラバラにTRIZを導入していることでしょう。毎年NPO法人日本TRIZ協会開催しているTRIZシンポジウムでも、ボトムアップ方式で導入して実務問題にTRIZを適用した事例発表がほとんどです。

 

「人工システムへの関与が減少する過程における知的要素の排除」という進化ラインでは、

(1)ある機能を、創造的で才能のある専門家が担当する、(2)同じ機能を、訓練を受けた専門家が担当する、(3)同じ機能を、訓練を受けていない人が担当する、(4)同じ機能を、人が専用機を操作して実現する、(5)同じ機能を、人が汎用機を操作して実現する、(6)同じ機能を、自動機械が担当する、という順番で進展するといいます。

 

TRIZを社内に導入する場合には、まず、(1)TRIZの機能を、創造的で才能のある専門家が活用する、ということです。これは、外部のTRIZコンサルタントが企業の依頼を受けてTRIZで新規事業の企画や既存技術についての問題を解決する段階です。日本では、このようなニーズはほとんどありません。

 

次に、(2)TRIZの機能を、訓練を受けた専門家が活用する、ということです。これは、外部のTRIZコンサルタントの指導を受けて企業内のTRIZに興味を持つ研究者、技術者がTRIZを実務問題に使用する段階です。日本では、このようなケースが一番多いといえます。

 

次に、(3)TRIZの機能を、訓練を受けていない人が活用する、ということです。これは、企業内のTRIZに興味を持つ研究者、技術者が市販のTRIZのテキストを使ってTRIZを知らない研究者、技術者に教えながら(自分達も勉強しながら)実務問題に使用する段階です。ただし、市販されているTRIZのテキストは膨大な体系を持っているTRIZの一部(技術的矛盾や発明原理など)を紹介したものがほとんどですので、実務問題に取り組むには非力なため、うまくいかないことが多いといえます。

 

次に、(4)TRIZの機能を、人が専用機を操作して実現する、という段階です。これは、TRIZの専用ソフト(IWB(Innovation WorkBench®)やDE(Directed Evolution®)といったソフトウェア)を使用して、企業内のTRIZ専門家が自分で問題解決をしたり、現場の研究者、技術者の問題解決の支援をする段階です。

 

次に、(5)TRIZの機能を、人が汎用機を操作して実現する、という段階です。これは、現場の研究者、技術者が(IWB-LiteやProblem Formulatorといったソフトウェア)を使用して、現場の研究者、技術者が実務問題を自分で解決する段階です。

 

最後は、(6)TRIZの機能を、自動機械が利用する、という段階です。これは、たとえば、コンピュータがディープラーニング(深層学習)の技術を駆使し、TRIZのアルゴリズムやデータベースを使って問題の解決策を自動生成するといったイメージでしょうか。

 

ボトムアップ方式でTRIZを社内に導入しようという場合には、今、進化ラインのどの段階にいるかを確認してから、次の段階へ進むことをお勧めします。手軽だという理由で、(1)、(2)を飛ばして、(3)段階から始める方が多いと思いますが、おそらくうまくいかないと思います。TRIZはそれほど簡単な方法論ではありません。

 

通常の実務問題を解くのであれば、専門知識と経験による従来の方法を採用した方がよいでしょう。TRIZは従来の方法では歯が立たないとか、イノベーションを起こすような企画案を出さなければならないといったときに、TRIZの基本思想を理解した上で、ステップ・バイ・ステップでしっかりとした手順を踏んで使用すべきものです。

 

イノベーションを実現するためのDE(Directed Evolution®)と社会のトレンド

従来からIdeation TRIZの基本ソフトという位置づけで説明されているIWBは技術的問題の解決に使用するツールですので、Invention WorkBench(発明のための作業台)かと思いきやInnovation WorkBench(イノベーションのための作業台)が正式名称です。

 

ただし、IWB(Innovation WorkBench®)が対象としているイノベーションは技術的なものであり、新商品開発というモノに関係する「プロダクト・イノベーション」と製造方法などのコトに関係する「プロセス・イノベーション」になります。

 

技術に直接的な関係を持たない、イノベーションを起こす人や組織に関係する「組織イノベーション」、販売方法という役務に関係する「サービス・イノベーション」、新規事業開発というビジネスに関係する「ビジネスモデル・イノベーション」などは、Ideation TRIZの最新の統合ソフトであるDE(Directed Evolution®)というツールを使用します。

 

IWBはDEの中に組み込まれていますので、DEを使うことで、「プロダクト・イノベーション」、「プロセス・イノベーション」、「組織イノベーション」、「サービス・イノベーション」、「ビジネスモデル・イノベーション」といったすべてのイノベーションを対象とした取り組みが可能となります。

 

IWBでは、「技術システム」が発展する過程で、強い、歴史的に何度も繰り返えされている傾向をまとめた「技術システムの進化のパターン/ライン」を問題解決のヒントとして使用します。

 

これに対してDEでは、技術システムより広い概念である「人工システム」やその複合体である「社会」が発展する過程で、強い、歴史的に何度も繰り返えされている傾向をまとめた「システムの進化のトレンド/パターン/ライン」を問題解決のヒントとして使用します。

 

DEでは、社会の進化のメカニズムの変化は、社会の進化に関与する(1)進化を促進する力の変化、(2)進化を阻害する力および制約の変化、(3)進化を調整する力の変化、といった3つの要因そのものの変化に見て取ることができる、といいます。

 

こうした変化は自然淘汰によって、最も効率的に進化を実現するメカニズムが選ばれることによって生じますが、同時に、そのメカニズムを活用した人々が勝者となる結果をもたらします。この過程によって、文明の進化のテンポは幾何級数的に加速されることになります。

 

文明とは私達を過去から未来へ向けて運んでいく輸送機械と考えることができます。過去から未来へ運ばれていきながら、私達はその輸送機械を常に作り直し、改良しているのです。

 

たとえば、エンジン出力の向上を図り(進化を促進する力の進化)、予期せぬ減速の原因の排除、摩擦、空気抵抗の増大(進化を阻害する力および制約の変化)が生じますが、私たちはブレーキシステムを改良して信頼性を高め(進化を調整する力の変化)、高速に起因する事故を回避しようとしています。

 

さらに、システム、製品、生産プロセスについて既存のものを改良し(エンジン、ブレーキ、制御装置その他を一層効率的にします)、新規のものを生み出すことによって(進化を調整する力の変化)、乗客の移動をより安全で快適なものにします。

 

その結果として、私たちが乗る輸送機械は未来へ向けて常に速度を増しながら進んでいくことができます。

 

DEでは、既に進行していると認められた、あるいは、今後予測されるとされた「社会全般のトレンド」の変化の様相として、(1)生活全般の変化、(2)社会構造と組織文化の変化、(3)市場の進化、(4)消費財の進化、(5)技術の進化、を掲げています。

 

私たちは、これらの変化が現在取り組んでいるシステムの進化にどのように影響するかを考察し、その影響の下でシステムのこれからの世代がどのようになっていくか、その姿を予測することになります。

 

このような社会変化のトレンドのそれぞれが与える影響には強弱があり、影響を及ぼす範囲は全面的であることもあれば、限定的な場合もあります。様々なトレンドが同時に進み、ある場合には補い合い、時には相互に打ち消し合うことがあります。

 

様々なトレンド同士の間の矛盾が社会や技術の進化を妨げ、時に深刻な社会的騒擾につながることすらあります。逆に、矛盾を早期に発見して解決することによってシステム(製品、技術ほか)を大きく発展させることもあり得ます。

 

そのため、強いトレンド同士の間の矛盾がないか、どうすればその矛盾を解決できるかと考えることが大切になります。

新規事業や起業のスタートアップでの過ち

新規事業や起業を開始するときの戦略として、やりたいこと(テーマ)を並べ挙げて、それらのテーマ毎に必要な条件を決定し、それらの条件を満足する手段を考えようとする方法があります。

 

これは、理想の状態と現状との差を埋めるタイプの問題解決法であって、まったく新しいシステムを開発する場合に利用される「理想性アプローチ」という有効な手法の一つです。

 

新規事業や起業を開始するときには、自分のやりたいことが先走ってしまうため、当初立てた企画の評価も不十分なまま、スタートを切ってしまうケースが多々見受けられます。

 

その結果、当初思っていたようにはいかない状況に行き当たります。そのため、ようやくこの段階で自分が立てた企画の見直しをすることになります。

 

この段階での企画の見直しの場面で起きる過ちは、企画を0から考え直すことです。そもそも、最初に立てた企画が「やりたいこと」を中心に、自分が思い込んでいる「こうなるはずだ」という仮説の連続で作り上げられたものである場合には、0から考え直したところで、修正企画案の結果も同じことになりかねません。

 

前だけを向いて進むのは一見かっこいいのですが、後ろを振り返ることを先に行うべきです。

 

曲がりなりにも、スタートを切ってから現在までに経験した結果があるはずですので、その過程を振り返った、現状での不具合を分析してみることです。

 

そのためには、スタートから現在までに起きた事象の因果関係を追って、望ましくない現在の状況が存在している理由を明らかにすることです。

 

具体的は、個々の事象とその原因、個々の事象から起きた結果、のそれぞれについて因果関係の連鎖の形で表した「因果関係ダイアグラム」を作成することです。

 

現状分析の「因果関係ダイアグラム」は、米国のアイディエーション・インターナショナル社が開発したプロブレム・フォーミュレータ(PF:Problem Formulator)を使えば、比較的簡単に作成できますが、普段使用しているワープロや表計算のソフトウェアに付属した描画機能を使用しても作成できます。

 

現状分析の「因果関係ダイアグラム」を作成する目的は、第一義的に、現在起きている不具合(予想と違った結果)について、その不具合の因果関係のメカニズムを明らかにすることにあります。

 

因果関係のメカニズムがわかれば、不具合の原因となっている特定の事象にどのような変更を加えれば、結果としてどのような都合のよい事象が起きるかが予測できますので、問題解決の見通しが立てられます。

 

新規事業や起業のスタートアップで起きた不具合について「因果関係ダイアグラム」を作成することの目的は、むしろ当初の企画立案時には深く考えることがなかった自分の思い込みによる誤りに気づき、その思い込みを排除した客観的な因果関係に基づいた企画案に作り替えることにあります。

 

「やりたいこと」を中心にした当初の企画案を成立させていた「思い込み」「仮定」を見つけ出し、それらを客観的な「前提」に切り替えて、再度考え直してみましょう。

 

「思い込み」は個々の事象だけではなく、目的についての「思い込み」もあります。当初のまったく新しいシステムを開発するといった企画案の目的を見直して、より本質的な目的に切り替えることが有効です。

 

その昔、ある企業が介護施設で使用する「老人向けの風呂」を開発するというテーマに取り組んでいたとき、当初は「老人の体を洗う」ことがその風呂の目的だと考えていました。そのときに生まれたアイデアは、従来のものを多少改良した当たり前のようなものばかりでした。

 

そこで、当初の「老人の体を洗う」という目的の1つ上の目的は何かと考えてみたところ、「体を清潔に保つ」「体をマッサージする」「体をお湯につける」というものが見つかりました。さらに、その上の目的を考えるということを繰り返した結果、「若さを取り戻す」「生命力を吹き込む」といったより本質的な目的が見つかりました。

 

そこで、この「生命力を吹き込む」という目的に切り替えて、「老人向けの風呂」を開発した結果、新しく開発した風呂に是非入りたいという老人が大勢押し寄せたといいます。